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zoom RSS 特殊な家庭事情

<<   作成日時 : 2017/12/28 00:02   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 21 / トラックバック 0 / コメント 6

父のことを書いた前記事」の続きになるが、妹も私も、普通の育ち方をしていたなら、進んで父の面倒を見ていることだろうと思う。

 というか、父が普通のちょっと頑固で、ちょっと短気な程度の老人なら、私たちは、「ああ、まただわ」とかなんとか言いながら、きっと世話を進んでやっていると思う。

 いや、妹は自分の気持ちを押し殺し、とてもよく面倒を見てくれていると思う。

 私たち姉妹は、親の世話を放棄するような冷たい人間でもないし、できれば同居してでも親には尽くしたいと考える普通の感覚の持ち主だと思っている。


 母は長年にわたり病気を抱えていたが、最後の何年かは、近くに住んでいる私が中心になって実家に通い、時には妹も遠くから来てくれて、母のシャワー介助などをしてきた。

通院の付き添いも、いつも私がしていた。
いよいよ病状が悪化してからは、看護師によるシャワーに代わったが、それを父には
「お前が、サボりたいから看護師に任せた」
と、言われなじられた。

入院までの日々は、私が父と母の食事を作って届けていた。いくら近いとはいえ、仕事も抱えていた私には、それなりに大変な思いをして時間を作り出していた。

入院してからは、妹と交代で毎日、都心まで通った。家から高速飛ばして1時間ほどかけて通った。1年7ヶ月、それは続いた。

その時、父は
 「お母さんの面倒は見てくれ。俺はいい。俺はお前たちの世話にはならない」
と、言っていたはずだが、

 母が亡くなってから12年。

 父が年取ったこともあるが、

 今では
「子供が親の面倒を見るのは、当たり前のことだ」
と、言っている

 そして、私が母のためにあれこれしていたことが、まるでなかったかのように淘汰され

 「お前は、ばーばの入院中に病院に行くのをサボった!」
という認識しかないことを知り、驚愕だった。

 それは、妹が月水金、私が火木土日、と分担して病院に通っていたが、たまたま私の行けなかった土日に、いとこを頼んだことが大きく取り沙汰された。

 サボった。。。そうだったか。。。ちょっと悔しかった。

 「私、ばーばの通院にはすべて付き添っていたけど」
と、言えば、

「口答えの屁理屈!!」
と激怒され
「お前は、そんなことをカウントして、サボったことをチャラにするつもりか!」
と、激しく怒鳴られた。

 母が亡くなって何年も経ってから、「サボった」と言われたことが、余計に突き刺さった。
そうか、お父さんは、私が仕事と家事をこなしつつ母の世話をしていたことは認めてくれず、たった2度ほど(だったと思うが)入院中の病院見舞いをいとこに代わってもらったことを、「サボった」と認識し、ずーっと根に持っていたんだ、と、悲しくもなった。

 あの時、入院中の母は植物状態だった。だから良いというわけではないが、完全看護の病院で、毎日、妹と交代で母を見舞う姿は、病院のナースたちの間でも評判になっていた。

 「失礼ですけど、このようなご容態になった患者様をご家族がこんなにも手厚く見舞われるというのは、私たちから見ても、とても珍しいことで、素晴らしいご家族の愛を感じます。普通は、ご家族の訪問は遠のくものなのです。」
と、言われたこともある。

 そのような世間の評価とは違い、1年7ヶ月のうちの何日かをいとこに代わってもらっただけでも、父には私がサボったということしか残らないのだと思うと、悲しすぎて言葉が出なかった。

  
 子供の頃から、私は正当に評価をされていないという思いが強かった。そして、50代の大人になってからも、同じなのだと知った。

 普通の家庭で育っていたら、私はもっと積極的に父の面倒を見ようとしていたと思う。

 
 
 父に向かって言えないから、ここで言わせてもらうなら・・・

 父は自分の親も、母の親のことも面倒は見たことがないじゃないの。父の両親は佐賀県に住んでいたけれども、長男である父が佐賀で同居することはなかったじゃないの。東京に呼び寄せることもなかったじゃないの。

 母の実家に家賃タダで同居していた時期があったが、私が小学校2年生の時に祖母の家を出て以来、母の母を世話することはなかった。
恩を仇で返したんじゃないの?
最終的に、祖母は施設に送り込まれ、そこで亡くなった。母が、自分の親のいる施設を訪問することすら、父は嫌がって、母に行動制限をしていたではないか。祖母は、私が訪問した時、それはそれは嬉しそうにしてくれた。自分の娘たちが訪問してくれることはないのだから、孫の私を大歓迎してくれた。切なかった。

 そういうこと、父は想像したことがあるのか?

 父よ! あなたは、自分がやってこなかったこと、自分が母に許してこなかったことを、私たちには「するのが当たり前」と言っている矛盾に気が付いているのか?

 
今の妹の立場は、嫁に行ったのに実家の親の面倒を見ているという状況だ。妹の旦那さまが寛大だから、妹は掃除も洗濯も、食事の支度もしないまま、父の呼び出しにすっ飛んで行っているんじゃないの。これ、父が母に許してこなかったことを、自分の娘には平気でやらせているっていうことだ。そのあたり、わかっているのか?と、私は理不尽に思う。


 妹はこういう父の傲慢さ、身勝手さに嫌な気持ちになりながらも、優しく面倒を見てくれている。
が、父がどれほどそういうことを理解できているか。

 先日は、義実家に行っていた妹に電話をかけてきて、
「腰が痛くてトイレにもいけない!」
と、大声を出し、義実家の帰りに寄ってくれと言ってきたらしい。その時には、ヘルパーさんがいて、ヘルパーがうまくまとめてくれて、妹は行かなくて済んだが、父は呼びつけても来ない妹にトゲトゲした言葉を放ったようだ。

 何度も言うが、義実家とうちの実家は方向が違う。そして、妹の家は、どちらの実家とも方向が違う。
「帰りに寄ってくれ」
と、言われて簡単に寄れるような方向でも距離でもない。

 
 妹は、このところの両実家の介護が続き、ようやくヘルパー体制が整った日、

 「掃除機を1週間ぶりにかけたわ。」
と、言っていた。

 年賀状も書けない、壊れかかって水漏れのする水道の蛇口を交換する時間もない、ほかにも諸雑用が滞っていると言っていた。

 そういうことを父に言うと、
 「お前は、健康なんだから、年賀状なんていつだって書ける!
  水は、水道を使わなければ漏れないんだから、いいじゃないか!」
と、言われたらしい。

 これね、父の立場に置き換えてみなさいよ。

 父は年賀状を書くだけに集中していれば良いけど、たまった家事がある妹の、どこにそんな時間があると思ってんの?

 水道の不具合どころか、電球が1個切れただけで、大騒ぎで私たちを呼びつけるじゃないの。ちょっとも我慢なんてしないで、「すぐに交換してくれ」って、言うじゃないの。

 父の身勝手さは大昔からなので、今更どうなるものでもないことは知っているが、それにしても、妹がここまで日常生活を犠牲にし、家族にも迷惑をかけていることは理解してくれないと困る。

 急に呼び出された妹が朝から飛んで行き、そのまま泊まり込みになれば、妹の家族は夕食もない、洗濯もたまり、お風呂もなく、掃除もされていない、朝食の片付けも終わっていない家に帰ってくることになる。

 そんな状況に自分が置かれたら、父は激昂し、いつまでも執拗に攻め続け、今後2度とそういうことのないように縛りをするじゃないの!

 それでも妹は、父に優しく世話を続けてくれている。たった5秒のめまいにも、往復4時間かけて駆けつけてくれるし、傷の消毒だけの通院にも、きちんと付き添っている。本当によくやってくれていると感謝している。

 妹は子供の頃から、父に怒られたことがない。
全否定され続け、怒鳴られ続けて大きくなった私とは少し違うのかもしれない。

それでも、妹と私は同じ家に住んでいたので、父の怒鳴り声は妹も聞いている。自分が目の前で怒鳴られていなくても、あの声にどこかで怯えていたに違いない。

 家族の団欒などない家で、私は父のサンドバッグのように怒鳴られ、父の仕事上のイライラをぶつけられる立場にあり、母と妹は姿を隠すという家庭だった。


 妹と、最近よく言う
「私たちだって、普通の温かい家庭で育っていたら、心から親の面倒を見ているよね」
と。

 介護の問題は、社会的にさまざまな問題がある。少子高齢社会になり、高齢者の自己負担なしには介護が受けられないのだし、施設もなかなか入れないという。

 だけど、我が家には我が家の特殊な事情がある。
「子供だから親の面倒を見るのが当たり前」
という父の要望に素直に応えられない私。。。。

 

 「だったら、私の子供時代を返して。。。」と、ちょっと呟いてみた。

 我が家特有の事情だ。。。




 
 師走も正月もない 妹の頑張り、妹家族のご理解に心から感謝する。

 妹は

 「嵐のドームコンサートをアリーナで観られたから、その余韻で頑張れるわ」
と、言ってくれるけど・・・


 父と過ごす時間が楽しいものであれば、私も少しは気持ちが安らぐけど、いつ爆弾を落とされるかわからない緊迫の年末年始を過ごさねばならない妹に、いくらお礼と励ましと労いを重ねても足りないという思いでいっぱいです。

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
yu-mamaさん!
読んでいて涙がこぼれてきます。
妹さんにお任せするしかない状況でのあれやこれやの思い。ほんとうにお察しします。私も特殊な嫁ぎ先事情に振り回されたひとりですもの。身勝手な言い分、要求をかなえるために、たくさんの犠牲と我慢を強いられてる人がいることに少しでも思いを寄せてもらえたら、これにつきますよね。反対の立場なら、この犠牲と我慢、絶対に受け入れられないくせにと。
ほんとうに近くにいたら、yu-mamaさんと夜を徹して語り合えるのに。
kaolunlun
2017/12/28 14:04
kaolunlunさま
いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。
こういう内容には、いつもコメントをくださり、ご理解とご心配をありがとうございます。
kaolunlunさまは、お厳しい義両親様のお世話をなさっていらっしゃいましたものね。そして、ご自身にも大きな打撃がありましたもの、私の想像を絶する大変さだったのだと思います。地域的にも、お家の格からも、お嫁さんとしてご苦労されたと思います。

うちの場合は、本当に特殊な家庭事情があり、私がどんなに無理をして実家に通っていても、評価はされませんでした。それは、当たり前のことだからです。そして、何歳になっても怒鳴られるということは、私には堪え難いことでして、心を開くこともできませんし、許すこともできないのです。許せないけれど、世話をしていて、また怒鳴られるので心がポキポキ折れます。

今は、遠く離れていることで、心が解放されているか?といえば、そうでもないのです。そして、妹に申し訳ないという気持ちが強くて、やはり心は下降するのですね。妹や妹の家族にとっては、「こんなはずじゃなかった」と思います。そう思うと、余計に私が間違った選択をしているのではないかと悩みます。悩んでも解決はしないんですけどね。
ただ、ひとつの救いがあるとすれば、母の看病をしていた頃から、妹に対しては
「遠くから悪いな」
という労いがあることです。そこだけは救いです。

いつか本当にkaolunlun様と夜を徹して話したいです。
yu_mama
2017/12/28 21:24
yumamaさん お気の毒で。。
お父様の家から 遠く離れていても すごいストレスありますね
人の(家族も含め)立場から一切ものごとを考えられない人は、究極の自己○なのですね よくそんな環境で 明るく、素直に育ったyumamaさんに 必ず祝福がありますよ
どりばる
2017/12/28 23:04
どりばるさま
子供の頃から傷を受け、大人になっても、ずーっと押さえつけられてきましたからね。呪縛は、なかなか解けないものなんだな〜と感じます。とくに、妹が今、とても大変な思いをしているのがわかるから、余計に心が痛みます。自分が代わってあげられないこともありますし、私が代われば、私が壊れるだろうな〜とも思います。にっちもさっちも。。。

素直って、父からは「よくないこと」としてなじられていました。新聞に書いてあることを疑ってかかれ! なんでも素直に受けるな!!裏を考えろ!!!!と、小学生の頃から言われて育った割に、私バカだから素直にまっすぐ信じちゃうんですね。そして怒られる。(笑)

どりばるさんに、肯定的に言っていただけて、励みになります。
yu_mama
2017/12/28 23:27
本当に たいへんですね。お察しいたします。
とはいえ、記事にも書ききれないほどのつらさ、苦しさが おありになったでしょうね。簡単に 第三者が察することなどできないくらいの。

お父さまが もう少し若ければ、お手紙を書いてみたらいかが? と勧めていたかもしれないけど・・・90歳を越えておられますもんね。
妹さんと、理解のあるご主人に気持ちを吐きだして、もうこれ以上は ため込まないようにするくらいしか手が無いのかなあ。
とはいえ。
yu_mamaさんは 本当に、辛抱強くていらっしゃいますね。
お父さまも、それが わかっているだけに、そこに甘えてしまっているのでしょうね。
お年寄りとケンカは できないかもしれないけれど・・でも、あんまりだと思うときは、気持ちをぶつけても良いのでは?・・と、修行のできてない私などは思ってしまいます。
キーブー
2017/12/30 23:57
キーブーさま
ご理解ありがとうございます。なかなかね、書ききれないことが山ほどありまして、これは、やはり阿川佐和子さんを真似て、「強父論yu_mamaバージョン」書かねばかしら。。。

母が入院中(まだ意識のある時)には、毎日、父を車に乗せて病院まで行っていたのですが、幻覚幻聴について父の認識不足のことがあり、私が医者に確認して父に伝えたことがありました。
するといきなり
「お前は俺を否定するのか!」
と激昂されました。首都高運転中のことでした。霞が関から新宿方面に向かっているカーブの多いあたりでしたから、いっそのこと車を壁に激突させようかと思ってしまいました。
ハンドルを握っている強い立場にあった私は、子供の頃から父に否定され続けたことを訴えてみました。父は、それを私のヒステリーだと片付けました。

母が亡くなった時、父は親戚の前で自分の書いた日記を読み上げました。そこには、私が母のシャワーをやりたくないがために看護師に任せた、yu_mamaは見舞いをサボった。と書いてありました。あの車での私の発言は、「yu_mamaが、いきなりヒステリーを起こした」と書いてありました。

私が、伝えたかった内容は、父の耳には届いていないだけでなく、私の性格の悪さ、ヒステリーがあることなどが書いてあっただけでした。
それで、私は完全に諦めました。父と理解し合える日は来ないと。
母が亡くなった日、ご遺体が眠る傍で、集まっている親戚の前で、私を罵倒し怒鳴りっぱなしでした。

虐待されている子は、親をかばうって言いますよね。私は父をかばうつもりはないですが、所詮理解してもらえないと思っているので、黙ってサンドバッグになってしまうのですね。

理解してくれる家族(妹の家族も含めて)がいるので、そこはありがたいです。
yu_mama
2017/12/31 13:07

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