家族の団欒って!?

 私の子供時代のことは、当ブログで何度も何度も書いたことがあるので、だいたいの様子はご存知の方も多いと思う。それはそれは厳しい暗黒の時代だった。

 「厳しい父」 という存在は、昭和のあの頃には普通に多かったかもしれない。 だが、我が家の場合は、少し違った。
父自身が、自分の口で
 「俺は子供が嫌いだ」
と、子供を前に言うような人だ。
嫌いな理由は 「理屈が通じないから」だそうだ。それを子供に求められましても・・・。

 いや、むしろ理屈抜きに感情的に怒りをぶつけているのは、あなたの方でしょ!
と、気付き始めたのは高校生くらいになってからだったか・・・幼い頃は、なぜ自分が怒鳴られているかはわからないものの、父の感情が収まるのを泣きながら待つだけだった。

たぶん、父の脳には傷があり、その傷が「かんしゃく」という状態を簡単に引き起こしているに違いないと分析できたのは、もう私は40代になっている頃だった。病気の母が、父の大声に怯えて暮らして悩んでいる時に、私が母に言った言葉だった。
「お父さんの脳には傷があるんだと思うよ。」


 生来の声の大きさが、怒りの迫力を増し、周囲を威圧する効果が増大する。夏場に窓を開けたまま電話で話せば、3軒先まで聞こえるほどの声の持ち主だ。



 そんな父の子として生まれた私は、長女だったがゆえに不幸にも父の標的となり、時にはサンドバッグとしてはけ口にされて育った。これは、子供の心に傷を残す。今も、それは癒えていないのだから、しつこい後遺症を残す。

 そういう家庭に育ったものだから、私は「家族の団欒」というものを知らない。家族と一緒にいて楽しいと思ったことはない。たまに父が出張に出ると、心が開放され家でリラックスできることが嬉しかった。

 ふだんの平日、我が家では子供たちが先に食事をし、母は父が帰宅してから食べたり、合間にひとりで食べるような習慣だった。
 長女の私は遠い学校に通い、帰ってきたら遊ぶこともなく積まれたドリルをこなす。夕食が済んだら自室で勉強をしなければならないことが決められていた。次女である妹は、近くの学校に通い、学校から帰るとランドセルを玄関先に放り出して、友達と暗くなるまで遊び、夕食後は、テレビでアニメのはしごをしていた。日曜日には、家族で揃って食事をしていたのかもしれないが、まったく記憶にない。それほどに、食事時に会話はなく、たぶん私は早く食卓から離れたい一心で早食いしていたと思う。

 長女の私は「父に決められた生活」をし、次女の妹は「自分で決めた生活」をしていた。

 そんな家庭に団欒など、ない。

 いつだったか、、、小学高学年のことだったと思うが、九州から伯母が上京し、我が家に泊まったことがあった。
その日の夕食は、たぶん久しぶりに家族が一緒に食卓を囲んだと思う。

伯母が来ていても、食後すぐに私は自室に身を隠した。7時の時報が鳴る時にリビングに私がいることは、父が許さなかった。だから、その日も伯母がいるにもかかわらず、私は習慣として自室に引き上げた。妹は、いつものようにアニメにチャンネルを合わせ、テレビを独占していた。テレビから聴こえてくるアニメソングを隣室で聞きながら、私は教科書を広げる。それも、いつものことだった。

 その時、伯母が

 「yu_mamaちゃん!!こっち来なさい。」
と、呼んだ。

 テレビの前のソファは小さくて全員が座れないので、その周囲に食事用の椅子を並べ始めた伯母は、驚き立ちすくむ私に、

 「そこに座りなさい」
と言った。

 「こうやって、一家団欒というのは せんといかんよ。」
と、九州の言葉で言った。

 テレビでアニメは映し出されているが、そのテレビを囲むように椅子が並べられ、団欒とはこういうものだ!と、伯母は説明し、夕食で一言も口を聞かず、そのまま自室に引っ込んだ私を団欒の輪に入れようとした。父は、自分の姉がすることゆえ、笑いながら黙って見ていた。母は、食器の片付けもそこそこに椅子に座らされ、困惑した顔をしていた(と、思う)

 そこで何を話したか、よく覚えていない。たぶん、おしゃべりの伯母がひとりで、なんだかんだと話していたに違いない。私は、見たこともないアニメに時々目を向けながら、たぶん、父がいる場だから何も喋れず、ただただ時間の過ぎるのを待っていただけだったと思う。

 私は、幼い頃から、父と話したことはない。父が一方的に私に説教したり、持論を振りかざしたり、怒鳴ることはあっても、私から父に何かを言うことはない。それは、今も変わらない。なぜなら、父の逆鱗に触れるような言葉を間違って発してしまったら厄介だという防衛本能だ。

 余談ながら、母が亡くなった時、お通夜の席にどのようなお料理を出すか、と父から意見を求められて返事をしただけで怒鳴られた。母の遺影写真を選んでくれ!と言われて、選んだだけで怒鳴られた。
母のご遺体が横たわる隣室で、多くの親戚もいる前で、51歳の私は父から怒鳴られた。

 何も言わないに越したことはない。黙っていても怒られるが、話せば、それ以上に怒りのタネを蒔くことになるので黙っているに限る。


 そういう知恵を子供ながらに身につけていたので、何が団欒だ!?と、迷惑だった。

 伯母の滞在は短かった。

 伯母が九州に戻ると、その嘘っぽい団欒とやらは、消えた。
食卓の椅子が動かされることはなくなり、テレビの周りに家族が集まることはなくなった。

 

 なぜ、こんなことを申すかといえば、最近「リビ充」という言葉あると知ったからだ。リビングを広くし、家族の生活の中心はリビングにあり、リビングで過ごす時間を長くするライフスタイルが見直されているそうだ。

サザエさんの家のような団欒風景はなくとも、子供が親の目の届くところで遊んだり、ダイニングテーブルで宿題をしたり、父親がパソコンを広げる家族それぞれの姿があり、それをオープンキッチンで料理をしながら母が見ている。時には、宿題を教え、学校の様子を話し、料理を手伝い、、、
食後、スマホで友達とラインをするのも、自室ではなくリビングでするのだという。家族でいっしょに何かをすることはなくとも、それぞれがリビングで思い思いのことをするのだそうだ。

 こどもが子供部屋に篭るより、リビングで勉強した方が成績が上がるというデータもあるらしく、一時の「個室」尊重の間取りから、リフォームしてまでもリビングを広くする「リビ充」の傾向にあるそうだ。


 私の子供時代に、こんな風潮がなくて良かったと安堵する。父の目の前で勉強をさせられていたら・・・なんて、想像するだけで縮みあがる。  

 

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この記事へのコメント

2017年04月21日 14:33

「リビ充」というコトバを初めて知りました。何でも略語にすると、内容も簡単に省略されてると感じるのは私だげでしょうか。
現代の核家族化に都合よい生活様式なのでしょう。核家族なら、家族の様子が一望でき、何かと合理的なことがあるかもしれない。
今時は子供用の学習机が売れない傾向にあるそうです。きょうだいも少ないので、周りがうるさくて勉強に集中できないなんてことも少ないのでしょうし、多少うるさくても、気にせずに勉強が出来るくらいの方が良いとも考えられます。
個室の利点と欠点を、それぞれの環境に応じてバランス良く使いこなすことが出来れば一番よいのでしょう。
家族に限らず、広義の団欒は、その字が示すように、意思疎通がなされ和気あいあいとしたコミュニケーションをいうのでありますから、家族の監視、監督と息苦しさが伴うならば、団欒とは言わない。

二世帯住宅にお住まいの嫁さんが、職場でグチをこぼしておりました。
「ウチでは、食事が済むと、家族が皆、茶の間で同じテレビ番組を観ながら茶を飲まなければならないのよ。私は早く片付けて、自分の部屋でゆっくり好きな番組を観たいのに、毎日憂鬱だわ」
これも地獄の団欒。

食事後、皆が蜘蛛の子を散らしたように自分の部屋に入ってしまうことは寂しいもんですが、団欒とは強要するものではないのですね。
子供の頃の家庭の団欒というものは、その後の人間形成に大きな影響を及ぼす可能性があるようです。









私も長女
2017年04月21日 17:32

家族団欒を知らずに育たれた yu_mamaさんの作られたご主人と子供さんたちとのご家庭は、どんな感じだったのかなぁ?と思ってしまいました
2017年04月21日 20:24
受け止め方は人様々。ましてや、多感な子供にとっては。
第三者から見れば、また違った受け止め方も。
大変失礼な言い方をして申し訳ありませんが、子育てに失敗した、子との接し方に失敗したと悔いている元父親の率直な感想です。
カラス
2017年04月21日 21:52
あぁ、私のコメントですが、話の的が曖昧どころか、的外れなことを書いてしまいました。

子は、親の背を見て多くを学び育ちますね。

yu_mama
2017年04月22日 00:34
カラスさま
個室で子供が勉強をすると、漫画を読んでしまったり、サボって、リビングで勉強をする子の方が成績が良くなるという情報が流れてからというもの、リビ充なるものが流行し始めたようです。まあ、それだけではないのでしょうが、今こういう傾向にあるそうです。

家族構成、メンバーにもよりますし、家族の関係性で生活のスタイルは違ってきて当然ですから、リビ充なるものが定着するとも思えず、また変化していくのでしょう。

二世帯住宅で、見たくもないテレビを一緒に見せられる生活というのも、お嫁さんにとってキツイ環境ですね。私、その逆のケースを知っています。知り合いのおばーちゃまが、娘家族と同居していて、婿さんの方針で家族団欒を強いられ、食事中もテレビで野球観戦をさせられてかなわないとおっしゃっていました。一家にテレビは1台で良いと言われ、自室にテレビを置くことも許されないから、逃げ場がないともおっしゃっていました。
それが家族団欒と言えるのか!?疑問に思ったものです。

私の幼少期は、私だけが自室を与えられ、リビングのテレビは、父と妹にチャンネル権があり、私は観られませんでした。寝室も、両親と妹が一部屋で一緒に寝て、私だけは自室でした。なんだったんでしょうね~。

カラスさんのコメント、ちっとも的外れではないです。リビ充のことを書きたかったのに、私の事情の部分が長くて、おかしなことになっちゃったのは私のせいです。
yu_mama
2017年04月22日 00:38
私も長女さま
コメントを頂いて、考えてしまいました。すべてを父のせいにして、自分はいったいなんなの?と、自分でも思いまして、次の記事を書きました。

私自身も、ろくな子育てができず、家族団欒は・・・ほとんどなかったと反省しているような、お恥ずかしい次第です。
yu_mama
2017年04月22日 00:52
kさま
この手の内容の記事を書くと、色々な立場によって受け止め方が様々なことは承知しています。父親の立場、娘の立場、色々な方のことを想定していると、何も書けなくなってしまい、誰かを傷つける可能性があると思いながらも、自分の思いをついつい書いてしまいました。

私が父に厳しくされたことを書いたり、話すと、それは父親の愛情であり、私のことを思っているからこそなのだと言われることが多くあります。良いお父様だ!と言われることもあります。
世間一般からみたら、父親は一生懸命に私を良い子に育てたかったのだという結論になるのかもしれないです。
具体的なことを書けば、キリがないほど理不尽なことがいっぱいなのですが、そこまで書かないで要旨を書くと、子供である私の受け止め方の問題だと言われてしまいます。
家の中で、毎日ビクビクして暮らすこと、いつ爆弾落とされるかわからないこと、その理由もわからないで、なんで怒られているのかもわからないこと、父が外で気に触ることがあったら私が怒鳴られる構図は、なかなか他者からは理解されないものなので、伝えることの難しさと限界を感じています。
kさまが、お読みになって不快感を感じたとしたら、申し訳ないと思います。ごめんなさい。
それでも、コメントをくださったことは嬉しく思います。人それぞれ、感じ方、受け止め方の違いがあること、その通りだと思っております。父と私は、一緒に暮らして同じことを体験してきているわけですが、父の感じ方はきっと違うと思います。
パック
2017年04月28日 12:17
ユーママさんのお父様のお話を読むと義父が元気な時のことを思い出します。
当時は、義父の機嫌を伺いながらビクビクしていたものです。
ただ、ユーママさんがそんな逆境の中で子供時代を過ごされたのにも関わらず、ご立派な方なのには、いつも感心している次第です。
yu_mama
2017年04月28日 23:25
パックさま
お義父さま、なかなか大変な方で、お嫁さんとしてはご苦労されたことと思います。
子供の頃に、パックさんは怒鳴られた経験がないでしょうから、お義父様の様子にビクビクなさいますでしょ。でも、子供の頃から慣れていても、やっぱりビクビクするんです。怒鳴られることに「慣れ」は、ないのです。

私は立派でもなんでもないです。
友達にカミングアウトしたのは、ずいぶん大人になってからのことなのですが、驚かれ、
「よくまっすぐに育ったね」
と、言われます。学校がとても良かったから救いだったと思っています。学校、先生、友達、とても良い環境で育ったことに感謝しています。

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    Excerpt: 前記事「家族の団欒って!?」に寄せてくださったコメントから、自分のことも書かねば片手落ちだな、と思い続編ともいうべきものを書くに至った。 Weblog: アンダンテに・・・ racked: 2017-04-21 19:57