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<<   作成日時 : 2017/09/26 13:17   >>

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我が家には、電子楽器がある。3年ほど前に、深センで購入した。

 深センに来た当初、日本での合唱演奏会予定があったため、自主練習の音取り用に電子楽器を買った。さほど、ピアノを本気で練習することもないだろうし、日本に頻繁に帰るので、ここ深センでピアノを買う必要もないと思っていた。実際のところ、ピアノを見に行ったのだが、調律もできていない中国産のピアノに食指は動かなかった。亜熱帯性気候で、かなりの湿度の高さを思えば、ピアノのメンテナンスの大変さは簡単に想像できるので、それもあって、簡単な電子楽器で十分だと思った。

 が、少し身辺状況が変わり、人前でも弾かねばならなさそうな機会が見えて来て、少し真剣に練習をしようかな〜と始めてみれば、電子楽器の限界とストレスで気分が落ちていく。指に負担もあり、長時間練習には耐えられない。

 まあ、今年の連弾の会程度のものだったら、電子楽器でちょいちょいと練習すれば仕上がってしまうのだが、細かいアルペジオ、速いパッセージの連続、3声などの立体的な音楽を作ろうとすれば、途端に電子楽器の限界と壁にぶつかる。

 ブツブツ・・・

と、言っていると、何やら調べていた夫が

 「ピアノレンタルがあるよ」
と、言い、私をあちこちに連れて行ってくれた。
自転車で行けるところあれば、タクシーで30分もかけていく場所ありで、週末はピアノ探しで終わった。

 いくつかの店を巡ったのだが、その一軒で、すごいものを発見した。

 
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 なんとなんと!! あのヤマハの逸品 U5があるじゃないの!!

 私は、このメーカーに興味もなく、使ったこともないことは、当ブログでも紹介済みだが、それでもU5については知っている。

 大学時代にこの楽器特約店で開かれた「ピアノ教師のためのセミナー」というのに参加した時、著名なピアニストさんが、この楽器を使って講習をしていた。演奏を挟みながらの講演だったが、ヤマハが総力を挙げて作り出した名品だけに、(総力を挙げたのかどうかは知りません。私が勝手に盛ってみました)グランドに近い深い音色、美しい響きに驚いたものです。

 ヤマハは、大量生産と上手な販売戦略によって、日本の家庭にシェアを広げ、泣く子も黙る勢いで日本を代表とする楽器メーカーとして第1線を走り続けているのは周知の通りだが、私は、たまたま子供の頃に近所にあった手作り工房のピアノと出会ってからというもの、ご縁のない会社だった。

 だから、U5の説明を受けた時にも、へえ〜そうなん!とは思ったものの(いえ、関西弁では思わなかったとは思いますが・・・)、これを欲しいとは思わなかった。

 ただ、生産台数が少なく、それ以降の中古市場にも滅多に出回らず、出ればすぐに売れるということは知っていた。

 その希少価値ありのU5様が、なにゆえ深センに!? Youは、何しにここに???

 思わず中を覗き込むと

 
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昭和40年から57年まで、日本人調律師の名前が記録されている用紙も入っていた。

 その後、どうやって中国に来たのかわからないが、なんだかロマンを感じる。

 昭和57年(1982年)ころの深センといえば、舗装道路の一本もない貧しい漁村で、荒れた土地で野菜を細々と作って自給自足しているような田舎村だった。香港九龍からの列車で羅湖に着くと、小さな木造駅舎のような国境イミグレーションがあった。 

 日本人なんて珍しいので、貸切バス(ボンネットバス)に乗ると、薄汚れたボロ服をまとった子供たちが手を伸ばし、物乞いをするようなところだった。まるで見てきたかのように書いているが、実は本当に見ている。会社の慰安旅行で当時の深センに来たことがある古い人間の私だ。

 香港返還が1997年と決まってからというもの、ここ深センは経済特区として、香港を真似た街づくりが急ピッチで進むわけで、私が訪問した1982年以後、開発が始まったはず。(別に私が訪中したからという意味ではありません。当たり前だけど)



 経済特区を作るにあたり、一攫千金を狙って集まった北方からの移民によって、建築ラッシュ、バブル景気が始まった。

 ここからは、私の妄想によるStoryだが、

 バブル景気の勝ち組のひとりが、大事な娘のために日本から高級ピアノを取り寄せ購入した!!

 そうに違いない。

 その娘も立派な大人になり、大富豪同士の結婚により家族は国外に脱出し、カナダあたりで生活を始めるにあたり、ピアノを手放した。

 そういうことに違いない。

 ピアノの中を見ると、50年近くも経過しているとは思えないほど綺麗だった。きっと、丁寧にメンテナンスをしながら保持してきたのだろう。

 これを使っていた少女は、楽器を大事にする良い両親に育てられ、今もカナダで音楽を愛しているに違いない。

 ピアノ1台から見えてくる妄想Storyは膨らみ、彼女の大事にしたピアノと日本人の私がここで出会ったのは運命に違いないと、、、。




 この楽器を弾いてみると、低音部の深い音色は美しかった。残念なのは、よく弾く音域の音が薄っぺらでキャラキャラしているところだ。たぶん、これは中国人の好みの音色に調律師が整音したのだろうと思う。きちんと調律できる人がいれば、ここは直せるはずだ。

 日本での私のピアノを整音してくれた彼に、今すぐここに来て欲しい〜〜〜〜っと、一応、叫んでみた。

 実は、この店には、他にも日本のピアノがわんさかと置いてあった。

そのひとつに、TOYO PIANOの FRITZ KUHLA もあった。これも年代物で、重厚感のある良い音がした。日本の職人技が光るピアノに心惹かれる私がいるが、これを調律していける人が見つからなければ、これは宝の持ち腐れになりそうな難しい楽器だと思う。

 迷いに迷う。いずれも捨て難い魅力があるのだが、弾きやすさ、鍵盤の材質を考えると、U5の方が良さそうだ。
TOYO PIANOは、鍵盤が重いので取り扱いにくいだろうな、とも思う。

 そして、ついに 決めた。

 人生初のヤマハのピアノ

 レンタル契約。

 こちらのレンタル方法は、売値を全額支払ってしまわなければならない。最終的に楽器を返却する時、それまで使った月数分の料金を差し引いた金額が返金されるというシステムだ。(一応、参考までに記せば、年計算であり、契約年数を最初に長く設定していれば、月額にしてかなり安くなる)

 一気に支払うには、気が重くなる金額だったものの、夫はサクサクと契約してくれた。

 やはり、いい人なのだ。 ほとんど酔っ払いのどうしようもないオヤジの部分しか見ていないが、実はいい人なのだ。

 当ブログでさんざんこき下ろしている夫の滅多にない名誉挽回のチャンスなので、ここに紹介しておく。

 優しい良い人なのだ。

 星4つ半あげておこう。

 半分の減点の理由は、特にない。

 

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ピアノ!? 
「ヤマハU5を発見」の感動を、facebookに投稿したら、例の50歳の花嫁の貰い手である、日本でも屈指の優秀なる調律師の旦那様からの ...続きを見る
アンダンテに・・・
2017/09/27 02:09
ピアノ♪ 楽しい
深センの狭いアパートに無理矢理押し込んだピアノは、まだ調律はされていないから狂いまくっている。横倒しにして、なおかつ玄関ドアにぶつかりそうになりながらも強引にねじ込んだのだから、必要以上にピアノのコンディションを悪化させ、そりゃー狂うのも仕方ないというものだ。 ...続きを見る
アンダンテに・・・
2017/10/13 12:50

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
yu_mamaさんピアノにはかなりこだわりがあるのですねえ。お話の半分も理解できませんが、ピアノの奥深さを感じられます。
いずれにしても一番うれしかったのは、旦那様が見直されたことですね(^-^)/
コキおろされおやじさん良かったですね、汚名挽回ですぞ
サヤ侍
2017/09/26 20:40
デス
カラス
2017/09/26 20:55
サヤ侍さま
最近、ピアノという楽器との様々な出会いが続いております。それも日本の職人が丹精込めて作った貴重な楽器との出会いです。何かの当たり年なのかしら?って、真剣に宝くじを買うことを考え始めておりますけど、、、、欲をかくといけないですね。無心でいたからこその出会いだと思っています。

男子仲間として、「見直されたところ」に着目されましたね。汚名返上、名誉挽回って、私が応援するものでもありませんが・・・(笑)
yu_mama
2017/09/27 01:46
カラスさま
え〜〜っと、これは星4つ半の意味でよろしゅうございますかね。
yu_mama
2017/09/27 01:47
>まるで見てきたかのように書いているが、実は本当に見ている。
ここ 笑いました〜うまい!

ピアノに縁もゆかりもない私ですが 21世紀を迎える前の深センの風景が浮かんで、U5ピアノがどういういきさつで日本からやってきたのかというすごーい事情が、yumamaさんの想像力で解明されたような気分になりました〜エクセレント!
どりばる
2017/09/27 15:46
どりばるさま
深センの発展というのは、本当にここ35年ほどなんです。その貧しい貧しい田舎の村だった頃に、なぜか香港から会社の慰安旅行で来たのですよ。ローカルの子達が、香港では花火ができないので、お隣の深センで花火をやりたい!という理由で選ばれた地でした。
そりゃーもう、すごかった。土埃を巻き上げてバスで行けども行けども、何もない!(笑)
たった1軒だけあるという外人用のホテルには、水しか出ないシャワーが部屋に設置してありました。あれから超高層ビルがニョキニョキ建てられたんですよ〜。
一攫千金を狙ってあちこちから人が集まって来て開発された深センなので、ここは広東省なのに広東語が通じません。共通語である「普通語」というのか北京語とほぼ同じという言語が使われております。

と、うんちくを述べたところで(歴史の生き証人みたいなもんですね。)
ピアノねえ。こんな貴重なピアノが、なんでここに!?って、本当にロマンを感じましたわ〜。妄想も広がるというもんです。
yu_mama
2017/09/27 19:02

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