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zoom RSS 1980年代 香港(11)ーピアノ教室編ー

<<   作成日時 : 2018/06/07 01:07   >>

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 社長のところに飛び込んだ密告電話

 「お宅の会社の社員妻が 無資格でピアノを教えていること ご存知ですか?

のことは、 社長自らが私に電話をかけてきたことで、私は知りました。

一応、事情を聞かれましたので、私が10人の生徒がいて、ひとりのお月謝がいくらだから、トータルいくらになる!という噂が飛び交っていること、無資格と言われても、そもそもピアノ教師の資格というものは存在しないことなどを説明いたしました。


 「こんな電話が入ったことを知らせてはおくが、匿名でかけてきやがって、
  いくら名乗れと言っても名乗らない奴のいうことなど、気にすることはないぞ。

  ただ、yu_mamaが教えることを面白く思っていない人がいるっていうことだ。
  それは、もしかすると知らない相手ではないかもしれないってことだ。」

 と。

 私はただただビックリでした。しばらくは呆然とし、何も手につきませんでした。

 本気で辞めようかとも考えました。

 先生にご迷惑がかかっては、いけないと思いまして、

 そのことを、私の先生にもご連絡しておきました。

 このような密告電話があったけれども、社長も事情を知っていること、社長からは続けて教えて良いと言われていることなどをお伝えし、万が一にも、先生のところにまで電話をかけてきて、ご迷惑をおかけすることになるかもしれないことを先に詫びておきました。

 先生は、大変驚かれ、

 「あなたは、何も悪いことしていません。むしろ、人のためにあなたの時間を割いて差し上げているのです。
  今後も、あなたがお教えにならないと困る方はたくさんいるはずです。
  堂々とお教えくださいね。

  私のところに、そんな電話がかかってこようものなら、きつく言い返しますよ!
  だいたい、卑怯ですよ。」

と、おっしゃっていました。

 なお、謝礼についても、こちらから値段提示して謝礼をいただくようにしていなかったら、習う側は、どれほどの謝礼をして良いか判断もつかないし、お困りになるのだから、値段は設定すべきで妥当であることを私も認めておりますので、そこもご安心を!ということを言われました。

 香港のピアノ教師の集まりというのがありました。

 私が尊敬している先生を囲む会のような形で、香港在住のピアノの先生が集まりました。

 そのどなたもが、ピアノを教えることを自身の口から申し出たわけではなく、生徒の側から頼まれて教えている方ばかりでした。

 駐在員妻として海外に出て、そこで仕事をするなんて誰も望んでいません。

 たまたま我が子のピアノを教えていることを知られて、それならうちの子も教えて〜と頼まれたというケースが多かったと思います。また、先生同士で、お互いの子を教えあうということもしていたようです。

 あの時代、私より10も20も年上の方々は、結婚したら仕事を辞めて家に入るのが当たり前と思っていた方は多かったです。大学卒業後、就職をしないまま家事手伝いという時期を経て結婚するという形も、とても多かったと思います。

 仕事をしていた人の方が少なく、仕事を取るか結婚を取るか?という命題と戦った人も多かった時代です。

 コーラスの指揮をしてくださった方も、高校教師の立場を結婚と同時にスパッとお辞めになり、ご主人に帯同して、ロンドン、香港と渡り歩いていらっしゃいました。お子様ができてからは、特技の洋裁の腕を発揮し、お子様達のパジャマまで手作りなさっていました。

 そういう方々ですから、ご自分の時間をご家族のためにフルに使いたいところを、頼まれてピアノをお教えしているという生活でした。


 今の深センで、私の知る限りにおいて、ピアノを教えられそうな方々は、幾人かいらっしゃいます。

 でも、その方々のどなたも、ピアノを教える仕事をなさろうとはしません。私から、おひとりに打診してみたことがあります。

 「お困りの方がたくさんいるようよ。
  お教えになったら?」
と。

 即答でお断りでした。ご自分のお子様達のことで手一杯だとおっしゃっていました。

 そう、ピアノの先生たちは、ご自分のお子さんをほったらかしたまま、よそのお子さんをみなければならないのです。

 当時の香港の先生達、お子さんのいらっしゃる方々は、ご自分のお子さんのお稽古事を他人に預けて、よそのお子さんと向き合ってレッスンをしていらっしゃいました。

 それは、私もソウルで同じ状況でした。

 娘の幼稚園の同級生から、ピアノを教えて欲しいと頼まれたことをきっかけに、ソウル時代も教えておりました。
我が子が幼稚園や小学校から帰宅すると間もなく、生徒さんがいらっしゃいましたから、我が子は、子供部屋で静かに遊んでいなければなりませんでした。

 テコンドを習っていた息子は、一人で道着に着替えて、時間になると黙って出かけていました。いくらマンション敷地内の目と鼻の先とはいえ、4歳の子が、親に付き添われずにひとりで行かねばならなかったこと、今になると、胸がキュンとしめつけられるようです。今思えば、海外で、よくひとりで出かけさせていたと、ゾッといたします。

 
 1980年代 当時の香港で、小学生のお子さん達が、どんな習い事をしていたか知りませんが、我が子を人に委ねたり、ひとりで部屋で遊ばせておいて、生徒と向き合っていた方々を思いますと、私は子供もいなかったので、その気持ちは想像もできませんでしたが、感謝こそされても、恨まれるような筋合いはなかったものと思われます。

 あ、私以外の方には、そんな密告電話は入っていませんから、きっと、みなさん感謝されていたのでしょう。

 
 私は、その頃、自分のピアノレッスンは午前中に通っていましたし、コーラスのある日以外、午後は週3日ほどピアノを教えていました。午前中に習いにいらっしゃる大人の方も2名ほどいらっしゃいました。 もひとつ、私の楽しみとして、週1回、ヨガを習っていました。

 気がつけば、毎日の予定がぴっちりと埋まっていました。

 何かと不自由な海外生活でしたが、始めてみれば、徐々に自分らしい充実の毎日を送るようになっていました。


 隣の芝生は青い・・・ということなのか・・・私には、わかりませんが、

 どこかに不快な思いをなさる方がいらしたのかな〜、、、、。


 今となっては、確かめようもなく真相は藪の中です。
  

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようございます。
他人は一つのことにおいても様々な考え方するものだなあと思います。
でも本当に匿名で電話をしたり、わからないと思ってありもしない噂を広げたり酷いですよね。
その中でも、お話の中で先生や社長さんのお言葉がとても救われます。
苦しい時ほど、他人の価値ってわかってくるものなのでしょうか。
パック
2018/06/08 07:49
パックさま
おはようございます。

隣の芝生は青いということなのだろうな〜と思います。
「家でピアノレッスンをして、(しかも無資格よ!!)収入を得ているし、子供もいないから、なんだか優雅よね〜」
ということなのかな〜なんて、まあ、これも想像ですが、、、。

人のモノの見方、考え方というのは、三者三様。それぞれに違って良いと思うのですが、自分の価値観、自分の一方的な見方だけで相手を評価したり判断するというのは、どこか怖い気がします。
そして、それを思い込みすぎるあまりに、正義感を持って密告しているのだとしたら、怖いというのか、お気の毒に思います。

でも、こういうのって、時代でも年齢でもないんだな〜と、最近も、しみじみ感じております。
yu_mama
2018/06/08 10:29

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