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zoom RSS 1980年代 香港(18)ー日曜日の過ごし方ー

<<   作成日時 : 2018/06/19 12:14   >>

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 当時の日本では、まだ週休2日制が導入されていませんでした。

 当然、香港の会社も土曜日出勤です。しかも、日本なら半ドンのところ、香港は夜まで普通に仕事でした。

 その上、日本にいた頃の数十倍も「接待」という名の時間外労働が毎日のようにあり、その帰宅の遅さは日本の比ではありません。店が朝までやっていることもあり、明け方、明るくなってからの帰宅もありました。

 日本からの出張者の対応は、若い人に任されます。

 企業に就職したことがない私からすれば、会社の仕事ってなんなの!?と、疑問だらけでした。
 (それは、今も疑問です。)
 会社のお金を使って接待しなければならない仕事にも疑問ですが、出張してきた同じ会社の日本人に、海外の駐在員がアテンドし、食事だけでなく何軒もはしごしてグデングデンに酔っ払うまでつきあうのって、意味がわかりません。

 その上、本人の出張も多く、私はひとりで香港での生活を強いられることが、年の4分の1ほどありました。

 今のように土日が休みで、ゴルフもほとんどない状態で、回遊魚の動くままに振り回されるのも年齢的に辛いものがありますが、若い頃に、週6日お弁当を作り、帰りは遅いわ、出張はあるわ、では私が仕事を辞めて香港にいる理由がわからない!というものです。


 そして、唯一の休みである日曜日の過ごし方は・・・と、申しますと、

 毎週日曜日の朝10時から約1時間弱、香港テレビの「日本語アワー」というのがありました。
(たぶん、香港在住の80%の日本人が見ていたのではないか!?と、勝手に視聴率を計算しております。)

日本語に飢えている私たちは、その時間を楽しみにしておりました。 1時間枠の日本語テレビは、ネットもビデオもない(ビデオは家庭によってはありましたけど)時代には、誰もが待ち望む時間でした。

 大場久美子の「コメットさん」が放映されていました。日本にいたら、大の大人が
 「コメットさ〜〜〜ん」
なんて、嬉しそうに見るはずもありませんし、観ていたら、後ろ指さされるかもしれません。

が、香港では、この時を楽しみに大人たちまでが熱心に見入っていました。

 単身の社長ももれなく、コメットさんファンでした。もちろん、我々も「コメットさん」の時間は、話もせず、一字一句を聞き漏らすまいと身を乗り出して観ておりました。

 それが終わると、テニスラケットと水着を持って出かけます。

 当時、会社が会員権を持っていた会員制のスポーツクラブに行くためです。

 社長が部下である夫たちを巻き込む形で始めた習慣でした。

 不便な場所にあるため、タクシー利用で行きますが、途中は地下鉄も通っていたので乗り換えたり、何かと面倒なことでした。

 コメットさんを見終わったら、クラブに行き、そこで落ち合うのが常でした。11時半か12時ごろに到着したのだったでしょうか、よく覚えていませんが、男性はテニスをし、私はY夫人のお嬢様とプールで泳ぎました。
 (Sさんご家族は、お子様が小さいこともあり、不参加でした)

 Y夫人は、決して水着にならず、プールサイドで日傘をさして、私たちを見ていらっしゃいました。

 私は水泳はちょっと得意でしたので、お嬢様に泳ぎを教えたり、いっしょに楽しく遊んでおりました。

 社長の奥様が香港にいらしている時には、私は奥様とテニスをするということもありました。

 お腹が空くと、クラブ内のレストランで、クラブハウスサンドイッチとビールが、社長の定番でした。
 我々も、それに合わせて軽食を食べたり、お茶を飲んだり・・・

 こうして、泳いだり、テニスをしたり、食べたり飲んだり、、、シャワーも済ませて、夕方までを会社の方々と過ごすというのが、日曜日の正しい過ごし方でした。


 だから、私は香港内をよく知らないままに香港滞在4年を終えるのです。

 ええ、Y夫人からは文句が出ておりましたよ。

 「前の社長の時には、こんな習慣なかったのに、これじゃ、家族で出かけられないわ〜。
  前の社長の時にはね、時々、全家族をご自宅に呼んでくださって、
  子供達に、ビデオで子供番組なんかを見せてくださったのよ〜。
  奥様のお料理でおもてなしをされて、とってもアットホームだったの。
  今の社長は、単身だし。
  自分のやりたい放題で、私たち日曜日を犠牲にしなきゃならないんだものね。」

と。

 気持ちわかります。

 
 それにしても、50歳を超えた社長が、クラブで会うなり

 「おい、yu_mama! 
  今日のコメットさんは、泣けたな〜。
  いい話だったな〜〜〜」
と、開口一番おっしゃいますのには、私、引きましたけど。。。(笑)

 でも、こういう日本人は、当時多かったと思います。

 ちなみに、「コメットさん」終了後、しばらくは、みなさん「コメットロス」に陥りながら、次の「西遊記」「あばれはっちゃく」にも夢中になっていました。

 のんびりした良い時代だったというべきでしょうか。。。


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1980年代 香港(19)ー平日の過ごし方ー
「日曜日は、こんな感じで」過ぎていってしまうのですが、平日はどうだったか!? と、申しますと、これが現在の私とは大違いでした。 ...続きを見る
アンダンテに・・・
2018/06/21 17:08

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
駐在員のご本人も妻も 相当大変な日々を過ごされていたのですね
まったく「接待」ってなんでしょうね
なかなか 理解できる習慣ではありませんね〜

「コメットさん」わぁ〜懐かしい!
よもや 50代とかオトナの男性が、夢中になっておられたとは。。
相当 日本語飢餓だったのですね〜も もちろん コメットさんは素晴らしかったですけど。。

>クラブハウスサンドイッチとビールが、社長の定番でした。
 我々も、それに合わせて軽食を食べたり、お茶を飲んだり・・・
このあたりは ハイソ〜セレブ感が・・・素敵
どりばる
2018/06/20 11:00
どりばるさま
当時の香港は、今の深センより田舎っぽく洗練されていなかったので、日曜日がフリーだったとしてもどこに行くあてもなく、ゴロゴロしていたと思うのです。
外出してもトイレがなんですし。(苦笑)

そう考えると、こういう管理された場所での過ごし方は、心身ともに健康的でよろしかったかもしれません。お子様のいらっしゃるご家庭では、ちょっとお気の毒な気もしましたけどね。


「コメットさん」を正座で見ていました。
ウソです。(笑)
でも、それくらいの気持ちで、1週間クビを長〜くして待っていました。

クラブハウスサンドイッチ、私はここで知りました。以来、私の好物でもあります。
が、ポテトフライがてんこ盛りでカロリーオーバー間違いなし。これで、私は太ったんだな〜と思います。。。
ハイソ、セレブですか〜?
ハイカロリー、セルテクト、セレブタ・・・
yu_mama
2018/06/20 12:43
>ハイカロリー、セルテクト、セレブタ・・・

うまい! お座布団3枚!
どりばる
2018/06/21 09:25

どりばるさま

 ありがとーございまーす
yu_mama
2018/06/21 11:48
ガムテープで止めたドアの車に11人中国人にも負けないパワーが日本人にもあるんですねえ
でも面白い(笑)
サヤ侍
2018/06/22 22:39
サヤ侍さま
アハハ〜 日本人の若者のパワーは、すごかったですね〜。
海外という特殊性と、エマニュエル夫人!?というテンションでしたかね。
yu_mama
2018/06/23 14:34

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