アンダンテに・・・

アクセスカウンタ

zoom RSS 1980年代 香港(6)ー社長夫人編ー

<<   作成日時 : 2018/06/01 19:34   >>

面白い ブログ気持玉 13 / トラックバック 0 / コメント 4

 このシリーズ、書いているうちに、どんどん当時のことが思い出され、収拾つかないことになっていますが、

 どの方向に行くやら・・・

 この調子ですと・・・

 もうしばらく おつきあいいただくことになろうかと思われます。

      私はすっかりエッセイスト気取りで、楽しんで書いておりますが、、、

 お読みくださる方には?

 人の昔話を聞いてもね〜。 

 自分の記録用になりつつあります。

 ご興味のある方にお読みいただければ幸いです。


 さて、

 おさらいを兼ねて、その時期の人間模様を整理しますと、

1、支社長は、単身赴任。(40代半ば)   ホテル内サービスアパートメント在住。

2、工場長一家(50代) 5年目にして九龍半島にお引越しされ、我が家から徒歩圏内に。

3、Y夫人一家 (アラフォー)5年目です。ずーっと同じマンション住まいで、我が家から徒歩10分程度。

4、S夫人一家 (アラフォー)5年目です。ずっと同じマンション住まい。Y夫人宅と目と鼻の先。


 私が着任した時は、以上のメンツでした。
  (第1期メンバーは、6家族でしたが、後任の渡航が遅れていて、この時点では、うちを含め5家族です)

 創生期の方々は、会社を立ち上げる大変な時期だったため、住宅補助がほとんどなかったそうです。
 それゆえ、家賃の安い古くて汚めの住居に住んでおられました。

 ところが、新社長に変わった時、会社の経営状態がマックス良かったものですから、
 家賃はすべて会社が払ってくれることに方針変更になりました。

  新社長は贅沢な造りのホテル内サービスアパートメントに、
  驚くほどの家賃を(会社が)払って住んでおりました。
  当時の香港では、ハーバービューのアパートメントの家賃といったら、
  100万円もザラでした。

 土地が狭く、そのほとんどが険しい岩山という形状の香港は、人口密度も高く、
 住まいも空へ空へと向かう超高層が当たり前でした。
 そして、家賃も雲を突き破るほどの高さで、日本とは桁違いです。

 会社が全面的にバックアップしてくれる家賃ですが、もちろん、キャリアによる差はあります。
 我々が、一番年下のペーペーですから、最低の保証ですが、40万円という設定でした。

 日本で、20代の若造が家賃40万のマンションに住むとなったら、
 芸能人か、よほどのやり手か、悪いことしているか・・・

 創生期の方々は、自力で家賃を支払っていたのですから、せいぜい15万円程度のところにご家族で住んでおられました。たぶん、一般的な香港人に比べたら、それでも良いところだったのだとは思いますが、我々の住んでいた40万とは、外観も警備面でも、まったく異なりました。

 もちろん、5年めの彼らにも家賃が会社持ちという条件はつきましたし、私たちの住居よりさらに高額家賃の場所に引っ越すことは可能でした。

 が、ご家族がいらっしゃるお宅での引越しとなると、ハードル高いものです。お子様のこともあるでしょうし、物件探しもなかなか大変なものです。

 そんなこともあって、彼らは家賃15万のボロアパートお住まいに、そのまま住んでおられました。
 5年目でもあり、そろそろ交代時期だから、このままで良いという気持ちもおありだったことでしょう。


 
 時系列がどうだったか忘れましたが・・・・

 ある時、単身社長のところに、奥様が訪問していらっしゃいました。

 そうです。あの事前研修で少しだけご一緒した、大物奥様です。
 会社からの支度金で、自分のコートを買うとおっしゃった方です。


 社長からは、
   「近々、家内が来るから、yu_mama ! よろしく頼むな」
 と、言われておりました。

 社長は、私をファーストネーム呼び捨てします。
 この方、若い女性には、ファーストネームに「ちゃん」をつけて呼ぶ習慣があるようですが、
 私は呼び捨てされていました。なんでも、お嬢様と私の名前が同じだからだそうです。

 えらい迷惑です。

 で、迷惑といえば、その奥様(30代終わり頃のアラフォー)です。

 「yu_mamaさ〜〜ん。昨日、こっちに着いたのよ〜。
  滞在ビザの手続きに行かなきゃならないんだけど、
  連れてってくださる〜〜〜?」

 朝からの電話です。

 右も左もわからない奥様ですから、仕方ないです。
 英語もさっぱりだそうですし、広東語なんて、もっともっとわからないことも致し方ないことです。

 とはいえ、私も着任早々です。言葉も地理も不安だらけです。

 それでも、とりあえずタクシーでホテルまで行き、お部屋までお迎えに行きまして、あちこちにお連れしました。

 その帰りに

 「ねえ、あなたの家に行きたいわ」
 と!!

 なんですと!?

 私の家って、、、。朝から、急なお呼び出しでしたから、お掃除もしていませんし。。。



 で、我が家にいらして、キョロキョロと部屋中を見回し、
 その広さ、新しさ、セキュリティの良さ、環境眺望の良さなど確認なさいました。

 3ベッドルーム、2バスルーム、3トイレ、独立型キッチン、広いLD の我が家は、
 海からは遠いので見えませんが、山(ライオンロック)が、見える抜け感のある良い物件です。

 玄関スペースがあるのは、香港では珍しい造りで、
 LDのLの部分には、我が家でカーペットを敷き詰めていますから、
 日本の家のような落ち着きもあります。
 焦げ茶系ウッドフロアなのも、香港では貴重かもしれません。

 お茶を飲みながら、

 「これじゃー、あなた、他の方々から不満が出るのも無理ないわ」
 と、いきなり言われました。


 はい? 

 意味がわかりません。

 聞けば、奥様は社長が就任してまもない頃に、現地視察にいらしたそうです。
  (そういうこと、私ら下っ端には許されていませんでした。)

 で、その時に、会社の奥様方全員とお会いになったそうです。
 奥様達とのランチをなさり、いろいろとお話を聞かれたそうです。
 
 Y夫人の家とS夫人の家にも訪問し、それぞれの香港生活の体験談などをお聞きになったそうです。

 その、どこで不満が出たのか存じませんが、

 今度くる若造が、かなりの豪華マンションに住むことに、不満を漏らしたらしいのです。

  は!?

 これ、決めたのは社長です。

 今後の人たちが決めやすいように、という配慮で、
 我々の住居を良いところに決めさせたのではなかったですか!?


 こういう不満に対して、この社長夫人がどういう返答をしたのか、
 そこが気になりましたが、聞けもしませんでした。

 まるで、ここに住んでいる私たちが悪いような言い方に、ちょっとイラっとしました。

 が、何も言えません。

 ただただ、もやっとする気持ちが膨らむばかりでした。


 結局、この事前訪問により、この奥様はご主人に帯同するのをやめたそうです。


 「だって、こんな奥さん達といっしょにやっていかなきゃならないなんて、無理ですもの。
  一筋縄でも二筋縄でもいかないような曲者ぞろいよ。怖いわよね〜。
  みなさん、私より年上だしね。

  こんなストレスのかかる生活はごめんだわ〜。」

 って、私に向かっておっしゃいます!?

 あなたの立場で、私に言いますか?

 私、あなたより、ずーーっと年下です! 
 同行を断れない会社の規則に従っているんですけど〜。

と、喉元まで出かかった言葉を、すんでのところで呑み込んだ私でございます。


 この翌日でしたかしら、

 社長のサービスアパートメントに奥様達が集められました。

 オーシャンビューの広々リビングで、社長夫人手作りのパスタランチが振る舞われました。

 歯の浮くようなお世辞合戦が繰り広げられ、みなさん、にこやかでした。


 んもう!

 タヌキばっかり〜〜〜。 

 

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 13
面白い 面白い 面白い 面白い 面白い
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた 驚いた 驚いた 驚いた

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
マンションのことは、ユーママさんたちのせいじゃないでしょう!
でも、先が気になります。
パック
2018/06/02 07:17
ひえ〜〜〜って感じですね でも すみません 面白いです
こういう夫人が 実在していたんだねぇ〜と
不満の方向性を 完全に間違えてることに、気付かないって。
ヒトって そもそも生まれた時代で不公平が起こるのが当たり前ですしね
たとえば 就活も 10年前と比べると 嘘のような カンゼン 売り手市場ですものね

人の家に「今から あなたの家にいってみたい」なんて ナイナイ!!
断れナイ!だったのですね〜



どりばる
2018/06/02 10:12
パックさま
そうなんですよね〜。たまたま交代時期で、前期の方々と一緒になってしまったがために、妬まれちゃっても・・・私のせいじゃないんだけど〜。

隣の芝生は青く見える! っていうか、本当にかなりの差で、うちは青かったんです(笑)
yu_mama
2018/06/02 18:35
どりばるさま
面白いこと、色々あったんですよ〜〜
現場にいた時には、えっ!? ということが多く、家に帰ってからも、ひとりで悶々としたり、納得できないな〜とピアノに八つ当たりしていましたが、今となっては、小説みたいで楽しく思い出しています。

海外でのこういう不公平感は、トラブルの元なんですね。
ま、新参者に文句言われましてもね〜。

就活、そうですね。今の学生は強気でいけますよね。うちの子達の時は、落ちても落ちても、まためげずにエントリーシート出して、足を棒にしていましたっけね。

ナイナイ、なんにも断れナイナイ
yu_mama
2018/06/02 18:42

コメントする help

ニックネーム
本 文
1980年代 香港(6)ー社長夫人編ー アンダンテに・・・/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる