アンダンテに・・・

アクセスカウンタ

zoom RSS 1980年代 香港(3)ーY夫人編ー

<<   作成日時 : 2018/05/29 22:18   >>

面白い ブログ気持玉 19 / トラックバック 0 / コメント 2

 
 そもそも、なぜに会社の奥様方とおつきあいをしなければならないか!?


 
 海外勤務が決まれば、家族帯同が基本原則です。
日本で仕事をしていた妻達は、自分の仕事を辞めて同行します。今まで活躍の場があり、やりがいを日本で見つけていた女性の立場は、海外に出た途端にゼロ状態に置かれます。

 そんな不安な気持ちの妻に対し、ご主人たちは仕事や接待に忙しく、深夜帰宅が続き、週末にはゴルフで不在がちですから、帯同妻がノイローゼになるというのは、そんなに珍しい話でもありませんでした。
   (ノイローゼという言葉、現在は使われていませんが、
    当時は精神障害、神経症すべてをひっくるめて、この言葉で表現していました)

前にも述べた通り、インターネットもなければ、日本のテレビも見られない、ビデオデッキすら一般庶民には高嶺の花という時代でした。
海外に出た途端、日本から隔絶された世界で、ひとりで踏ん張らねばならない自覚を強く持ちます。 
   (今の海外生活とは、意識も覚悟もまったく違います。)

そんな時代だからこそ、ひとりぼっちを作らぬよう、お互いに交流を深めることは大事でした。

 会社の仕事で海外に出ていることがベースにあるので、何かの時には会社がファミリーという考えになるようです。

 私は、会社勤務をしたことがありませんから、大きな組織の人間関係、とくに上下関係というものに慣れていませんでした。
ひとりで過ごすことに、さほどの苦痛を感じませんし、むしろ、大人数での食事会に参加する方が苦でした。


 そんな私の気持ちとは裏腹に、、、

 「会社の食事会」や 「奥様会」 「関連会社との家族パーティー」など、定期的なイベントが用意され、必要以上に会社関係者同士のつきあいの場が多くありました。

 Y夫人にもS夫人にもお子様がいらっしゃいましたが、日本人学校は居住区から遠くにあり、早朝にスクールバスで登校すれば、夕方まで、暇を持て余す夫人は多かったようです。
  (現在では、日本人学校は香港島と九龍半島側の2校ありますが、
   当時は、香港島の1校のみでした。
   九龍半島に住んでいるお子たちは、バスで40分ほどかかったのではないかと思われます。
   何しろ、半島と島を結ぶ海底トンネルが1本しかなかった時代ですから、海越えは大変です)




 暇なアラフォー主婦にとって、子なしの新人は格好の暇つぶしになります。

おかげで、「あの飲茶の翌日から」私は、Y夫人の電話に悩まされる日々を送ることになりました。



 後に聞いた話によれば、私が着任早々に、Y夫人がS夫人に電話を入れ

 「私が、新人さんのお世話をしますから」
と、お断りがあったそうです。

S夫人いわく、
 「それは、新人は私のものだから手を出さないでちょうだい」
と、聞こえたそうです。

 私は、モノですか!? ペットですか!?

そんなことがあったとは つゆ知らず、S夫人からは全くお声が掛からないことに若干の疑問を持ちつつも、S夫人は幼稚園児と乳児を抱えていましたから、私の相手までは手が回らないのだろう、と勝手に理解しておりました。


 よって、、、、誰にも邪魔されることなく、、、、

 Y夫人との密なる時間を無駄に過ごすことになるのでした。


それは、朝っぱらから始まります。

受話器を取るや、 
 「あなた〜いらっしゃらな〜〜〜い」
の一声で、背筋がシャキッと、、、、というか、寒くなります。

当時の電話は、相手のナンバーが出るような機能的なものではありませんでした。当時の連絡手段は、電話しかありません、いつどこから緊急の連絡があるやもしれず、電話が鳴れば出ます。出るしかありません。

 

 「いらっしゃらな〜〜〜い」の言葉には、「いらっしゃれる?いらっしゃれない?」の意味合いはありません。
 「いらっしゃれるようなら、いらっしゃいませんか?」の幅もございません。
 「来なさい」なのです。

 答えは、「はい、喜んで〜〜」に限るのです。
 ええ、その頃に私が流行らせて、現在の居酒屋に浸透しております。 ← ウソです。

 時には、

 「今日は、市場に買い物に行きますので」
と言えば、

 「じゃあ、お戻りになったら、ぜひいらっしゃいよ〜」
と、なります。

 市場から家に戻って、買ってきたものを洗ったり、冷蔵庫に入れ終わる頃、
まるで見ていたかのようなタイミングで、電話が鳴ります。

 「市場でお買い物してらした〜〜〜? 今から、いらっしゃらな〜い?」


 そんなことで、連日、お宅に呼ばれては、ふたりきりで長時間を共に過ごす羽目に陥りました。

 
 お宅に伺うと、食器の説明、食器棚の説明などから始まり、淹れてくださる「お紅茶」の説明へと滑らかな舌は休むことを知らず、私は、ヘラヘラとしながらも適当な相槌を打ち、いちいち褒め言葉を探さなければなりません。
 

 語彙の乏しい私には、なかなかの苦行でございました。

 お紅茶が入りますと、向かい合ってのティータイムが始まります。

 Y夫人の身の上話から、健康状態の悪いことやら、ご主人のこと、ご実家のこと、なんでも私は彼女のことならお答えできるほど精通いたしました。

 その話の中には、

 「母が若い頃から体が弱くてね。私は弟たちのために家事をやらなきゃならなかったし、
  大学に行くわけにはいかなかったのよ。
  だから、勉強は好きだったけど、高校卒業後は家のことをしていたの」
と、聞いてもいないのに、ご自分の学歴についての弁明を長々となさいますので、私はただただ拝聴いたします。

 これ、はっきり覚えているのは、何度もお聞きしているので詳しくなった次第です。

 ひとしきり、ご自身のお話が終わると、他人の話をなさいます。

 学校関係の方のお話を伺っても、私にはお相手を知る由もありません。そこが彼女の狙いです。私の口から、どちらかに告げ口される心配がないので、言いたい放題、人の噂話が続きます。

 息継ぎをどこかでしてます?と、不安になる程、つらつらと話は続きます。

 そのついでのように、S夫人のことに話題が進みます。

 「いやらしいと思わない? Sさん、あなたの大学のこと言ってたじゃない。
  自分と一緒ってさ〜あ、自分は大学を出ているって言いたいだけでしょ。
  ××大学なんて、たいしたことないのにね〜 オホホホホ」
と、おっしゃられまして、私を目の前にして私の出身大学をそこまでディスることがおできになるって、
スゴイ人だな〜と、ある意味、尊敬です。(ディスるなんていう言葉は、当時はございませんでした)

 はい、たいした大学じゃ〜ございませんとも。

 「大卒がなんなのよね〜。
  大した人なんて、いないじゃないね〜〜〜」
に、私はどのような返事をするのが正解なのか、いまだにわかっておりません。

 そんなこんなの毎日の訪問が続いて2週間くらいした頃に、会社の家族顔合わせ食事会が開かれました。
私の歓迎会の意味も込めたその会で、新しい登場人物とお会いすることになります。

 新キャラのご紹介は、また今度
 

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 19
面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
大卒か〜Y夫人気にされていたのでしょうね。
私の近隣の団地は今はだいぶ雰囲気が変わってきたと聞きますが、子供たちが小中学生だったころご両親ともども高学歴の方がそろっていらっしゃいました。
その中で高卒というだけで肩身の狭い思いをされた方もいらっしゃると思います。
学歴は、やはりあったらあった方が良いとおっしゃる方もいらっしゃいますが、長い人生合算すると・・・・私にはわかりません。
パック
2018/05/30 06:33
パックさま
たぶん、学歴を気にするのは、高卒の方が大卒を見て思われるのでしょうね。大卒の人が高卒の方を見た場合には、何も感じません。うちの母は高卒です。母の兄も妹も大卒です。母の父親が亡くなったタイミングが悪かったのか、母だけ高卒ですが、あまり気にしているふうはありませんでした。

私、大学時代に
「どこの大学?」
と、聞かれることはありましたけど、
社会に出てから、同期の中でそういう話をしたことはないですね〜。

4年間の勉強が、その後の人生にどのように役立つかは、卒業後に自分で勉強をするかどうか?なのでしょうね〜と思います。何もしなかったら、人生の中での4年くらい誤差ですし、大学生というだけで安心して遊んじゃった私みたいな人間は、ろくな人生を送りませんからね。。。

高卒と大卒で、何かが違うとしたら、出会う人間の数が違うっていうことかもしれません。
yu_mama
2018/05/30 15:30

コメントする help

ニックネーム
本 文
1980年代 香港(3)ーY夫人編ー アンダンテに・・・/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる