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zoom RSS 1980年代 香港(2)ー飲茶編ー

<<   作成日時 : 2018/05/29 00:25   >>

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 シリーズ化 決定か!?(笑)

 

 こういうのを 棚からぼたもちって言うのでしょうか。

 瓢箪から駒でしょうか?

 諺に疎い私ですから、的確な表現ができませんが、

 記事削除から考えた挙句に「過去に」逃げてみたら、これって面白いかも、、、と、思ったもので、しばらく回想が続きそうです。ご興味ある方にお読みいただけたら幸いです。

 


 さて、初めての海外生活が始まってすぐに、
夫の会社の上司の奥様から、「手厚い歓待を受けた(?)ところから」続きます。


   *夫の会社の上司の奥様 って名称、長すぎる! Y夫人とします。

 Y夫人に連れられて入った飲茶の店には、同じく 夫の会社の上司の奥様である S夫人が幼稚園児と一緒にいらしゃいました。

 Y夫人もS夫人も 40歳をちょっと超えたところのようです。

 よりによって、このS夫人って、私の大学の先輩でした!

 「あなた、××大学よね。学部は?」
   (経理の奥様だからか、私の調べはできていたようです・・・それにしても帯同妻の出身大学まで必要??)

 これが、引き金だったのでしょう。

 高卒のY夫人の顔がピキッと。。。


おふたりは言葉は丁寧で穏やかなものの、作り笑顔の目が笑っていませんし、ピリピリした空気が流れ、私はドキドキしておりました。


 会話と言っても、アラフォーのお二人からの取調べのような尋問(質問)に私が答えたり、時折、お二人が私にはわからない香港情報の話をしていらしたり、それぞれが角を引っ張りあっているようないびつな三角形の関係でした。

 早くこの時間が過ぎますよう、祈るばかりの飲茶タイムでした。

 神経使うあまりに、味わった感はなく、これって歓迎会なの?という思いで、喉にシュウマイが詰まらないことを祈りながら食べておりますと

 S夫人が、Y夫人に向かって

 「私、最近、増えチョンなのよ〜。気をつけなきゃ」
と、おっしゃいまして、私は思わず笑ってしまいました。

すかさず、S夫人は驚きの顔をして私を見ると

 「やだ!この人、広東語わかるみたい。私、今、広東語でわざとわからないように言ったのに。」
と、おっしゃいました。

 へ? ほぼ日本語でしたよ。「チョン」が 「重」ということであるのは想像です。
話の流れから、と、S夫人の立派な体格を見た感じで(失礼)、体重増加をおっしゃっているだろうことくらい、想像できますって。

 
 後日、Y夫人から言われました。


 「あなたもおわかりの通り、あの人(S夫人)って、すぐに人を試すようなところがあるのよ〜。
  気をつけたほうがいいわよ〜〜〜」

と。 ご親切に説明してくださいました。

 つまり、飲茶の店で、ちょっとした広東語を喋ってみて、私が日本で学んできているかどうか?を試したということのようです。

 どうせなら、ぜーんぶ広東語で会話してくださいまし。って、その時に思ったかどうかは忘れました。

 私は語学にまったく関心ありませんが、日本で北京語の教室はあっても、広東語を習うことは難しい時代でした。
 そもそもやる気がありませんでしたので、何も予備知識はありません。

 

 
 海外駐在の主婦が、もろもろの噂話で盛り上がったり、誰かを陥れることをしてみたり、徒党を組んで意地悪するという話は、海外在住ではなくても耳にしたことはあると思いますが、まさに、この時代、たぶん現在以上に激しくバトっていたように思います。

 まあ、そんなこんなで、私の歓迎会とは名ばかりでして、お会計の際にも、きっちり3等分して私もお支払いし、さっさと解散いたしました。

 
 その1ヶ月後くらいに、工場長の奥様のお宅でお会いするまで、3人きりで会うことは一度もありませんでした。

 私が思うに(思わなくても)、このY夫人とS夫人が犬猿の仲であることは明白でした。

 さあ、これから、このアラフォーふたりと私は、どのように関わっていくことになるのでしょう。

 そんな悠長なことは言っていられませんでした。

 翌朝から、私は電話に悩まされ、完全に相手ペースにはめられていくのでございます。

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   そもそも、なぜに会社の奥様方とおつきあいをしなければならないか!? ...続きを見る
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2018/05/29 22:18

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
どひゃーーーー!(@_@)
なんだか すごいですね。まるで地獄絵図だ(笑)
どこへ行っても、バトりたい人っているもんですよね。ホント迷惑。。。
キーブー
2018/05/29 01:32
何だかドラマを見ているようですね〜。
社宅での、新人いじめ・・・というか、主人とはなんの関係もないところで、主人の地位を利用して、ね。
何だか変ですね〜。
よく耐えられましたね。
こんな事、大嫌いですが、
でも、続き、楽しみです(⌒▽⌒)アハハ!
お啓
2018/05/29 09:51
キーブーさま
濃いキャラでした〜〜〜(笑)
あまり免疫のないうら若き乙女(私です 笑笑)には、強烈な印象のお二人でした。

その後、帰国してからのおつきあいは一切ありませんから、もう何十年もお会いしていませんが、今でも、はっきりくっきり、あの笑っていない目が浮かんできます。
yu_mama
2018/05/29 11:24
お啓さま
目の前で、タダで面白いドラマが見られるような環境でした。(笑)
こういうことに免疫がなかったものですから、巻き込まれてしまって、それをどうしたら良いのかもわからず、悶々と暮らしていた時代です。
せっかく海外に出たのに、日本人としかつきあわない日々で、しかもかなり狭〜〜〜いところをうろちょろでした。
日本の家族や友人に手紙を書きまくっていました。
yu_mama
2018/05/29 11:29
おはようございます。
ユーママさんのブログやっぱり、はまります。

おふたりは言葉は丁寧で穏やかなものの、作り笑顔の目が笑っていませんし、ピリピリした空気が流れ

子供たちの学校のPTAは、こういう雰囲気盛沢山でした。
農家に嫁に来た私には、しんどかったですね。


パック
2018/05/30 06:07
パックさま
こんにちは。

学校のPTAって、そんな感じだったのですか〜?それは、しんどいですね。

私は、まだ若かったこともあり、何も会話に加われないような、顔色伺うみたいな感じでした。
私に免疫がなかったもので、大人同士がこんなふうにピリピリするのね〜って、驚きと圧倒される気持ちばかりで、ドキドキしていました。
あの時の飲茶、おいしかったんだか、なんだったんだか(笑)
yu_mama
2018/05/30 15:13

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