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zoom RSS 1980年代 香港

<<   作成日時 : 2018/05/28 11:26   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 13 / トラックバック 1 / コメント 6

 「記事削除」には、たくさんのご訪問、気持玉をいただきまして、ありがとうございました。

 「驚いた」という気持玉をいただくと、共感して頂いたようで、ちょっと嬉しかったり、

 「ガッツ」をいただくと、「がんばりまーす」と思ったり、

励まされる思いでいっぱいです。

ちょっとトゲあるブログ記事を書くことが私のスタンスでもあり、
読むのも書くのも、心の機微が見えるものが好きです 

何の変哲もない平穏ブログには興味がない偏屈な私ですから、 ← トゲ

ごめんなさい、今後もトゲだらけになります。← 開き直り、反省なし。

深センに住みながらも、深セン在住主婦にとっての 「お役立ち情報」などは、書いていません。
 ← 誰に言ってるやら・・・喧嘩売ってるか?自分!?


 現在の私の身の回りのことを書くと、何かと差し障りが起こりそうなので、← トゲ

大昔の海外駐在の様子を、自分の記憶と記録のためにも書いておこうかと思います。

 すでに、13年のブログ生活の中で、ちょいちょいと過去についても記したことがありますから、重複もありますが、
現在のことを書いて「記事が消える」よりは、いいかな。← しつこい! 巳年、しつこいぞ!!

 



 私が、初めての海外生活を始めたのは1980年前半。

 香港でした。

 時代としては、日本のバブル経済の頃です。

 私が行く4年ほど前に、会社は香港支店をオープンしました。
その創生期メンバーは、大変な苦労をされたと聞いています。
会社設立の大変さは私にわかるはずもありませんが、その駐在妻たちの苦労話を聞くと、その大変さが少しはわかった(気になった)ものです。

 今でいうアラフォーの方々が、4家族 プラス 30代前半のお若い夫婦が2組だったと思います。

 その方々の頑張りのおかげで、支店は急成長し、飛ぶ鳥落とす勢いの時、私たち第2陣が香港入りし、前任の方々と交代しました。

 いっせいに交代するわけにはいかず、トップの交代と、最年少の交代が初めに行われ、その最年少が私たちでした。

 日本から海外に出向、赴任する人は、まだそれほど多くはありませんでした。
 まして、20代の若造が海外に出ることは珍しい時代でした。

 たぶん、私は当時、(仕事で)香港在住の日本人の中で、もっとも若い部類だったと思います。

 
 日本にいれば、会社の方とお会いするのは結婚式くらいのものです。生活の中で、夫の会社を意識したことなどありません。稀に会社の方とはお会いしても、その奥様とお会いすることなんて、まずないことです。

 ところが、海外では会社の奥様達同士の交流が密接です。

 まだ、インターネットなどない時代ですから、文字通り遠い親戚より近くの他人ということなのでしょう。

 香港に着任早々、見も知らぬ会社の上司の奥様から電話がかかり、一方的に(こちらの都合も聞かず)

 「市場にお連れします。明日の朝、あなたのマンション前まで行きますね」

 20代の私からしたら、40代のその方は、母にも近い存在でした。
なんといっても有無を言わせぬその勢いに圧倒され、

 「ありがとうございます。よろしくお願いします」
と、お返事するのが精一杯でした。


 どんな格好で出かけて良いやらもわからず、朝からマンション前に立ち、初対面の奥様とお会いしました。
上から下まで、舐め回すように見られ、

 「ワンピースにサンダルね。市場に行く格好じゃないわね」

 ワンピースと言っても、コットン素材の雑な普段着ですし、サンダルはヒールのないカジュアルなものでした。

 「市場はね、床が水浸しだし、たらいの中で生きた鶏をシメていたり、汚れているし匂いもすごいからね」
と、説明されながら、九龍城の市場へと歩きました。

 「ミニバスでもタクシーでも行けるけど、あなたひとりでは乗れないでしょうから、今後のために歩くわね」
と、言われながら、9月の陽射し厳しい中、汗ダラダラでついていきました。

 九龍城といえば、当時は恐ろしいスラム街でした。要塞であったため、古ぼけたビルの谷間を迷路のような小道が縦横無尽に通り、連れ込まれたら2度と出られないと脅されたものです。その横を通り、市場へと向かいました。

 (九龍城のスラム街は、1993年に取り壊されました。
  今は面影もありませんが、「九龍城1980年」で検索すると、多くの当時の写真が見られます)


 その当時、世界で一番離着陸が難しいと言われていた啓徳飛機場(カイタック・フェイケイチャン=啓徳空港)が、九龍城街市(カオルンセン・ガイシー=九龍城市場)の近くにありました。
青空市場の上を爆音轟かせ飛来する機体は、すでに車輪が出ていて、手を伸ばせば届きそうな距離感のところ、頭をかすめるように飛んでおりました。

 市場のすさまじい光景(生きた鶏やらカエルがいたり、豚肉が吊るされていたり、あひるの毛がむしられていたり・・・)に驚くだけでなく、頻繁に通る飛行機の音と姿に怯えつつ、、、

 (現在も市場はありますが、ずいぶんスマートに綺麗になったものです)

 結局、私が買ったのは キャベツ1個だけという初日でした。

 それだけで疲れ切っていましたから、すぐにも家に帰りたかったのですが、

 「あなたの歓迎会をしますので、飲茶に行きます」
と、言われ、右も左も位置関係がわからないままについていきました。

 ローカルスーパーの上階にある飲茶店で、慣れた様子で人数を言い、お茶を頼んでいる先輩主婦のテキパキした様子をを見ていると、
「なんで私の都合も聞かずに、ことが運ぶのか!?」
という疑問よりも、逆らうことができない主従関係ってこういうことなのね、と納得したものです。

 (私は社員ではありません。私の上司でもないのに・・・。)



 香港出向が決まった時に読んだ本 深田祐介の「日本悪妻に乾杯」で、事前予習はしてきていましたから、まあまあ、想定内ではありました。「むふふ、来たな!」

 深田祐介氏のことは、お亡くなりになった頃に「ここに」書いています。


先輩駐在妻からの洗礼は、こうして始まりました。


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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
むぅー(-_-)
これは、小説、ノンフィクションですね。
楽しみです。
カラス
2018/05/28 17:41
ああたの人生 すこぶる やるのー!
seizi05
2018/05/28 20:16
カラスさま
連載の予感。
事実は小説よりも奇なり。。。
yu_mama
2018/05/29 00:05
seizi05さま
私の人生、これを書き終わったら・・・エピローグかしら〜ん。
yu_mama
2018/05/29 00:06
うわあ、大変だ(笑)
外国で生活というだけでも大変なのに。しかも かの国で。

読んでて、なんだか社宅時代を思い出しました。
朝から晩まで、会社を意識する生活^^;
一刻も早く引っ越したい、って思いつつ7年過ごしましたっけ^^;
キーブー
2018/05/29 01:28
キーブーさま
場所は違えども、キーブーさまも社宅でご苦労なさったのですね。
たぶん、こういうことって、日本のあちこちであるのだと思います。人が集まれば、なんらかのトラブルはつきものなのでしょう。村八分とか四面楚歌なんていう言葉がありますから、人間って進歩ないのかもしれないですね〜。
あ、動物の縄張り争いと一緒か。ますます進化していないような・・・(笑)

yu_mama
2018/05/29 11:20

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