これが介護の現実ですか?

 年末に重いテーマの記事で恐縮です。



 父のその後は、「圧迫骨折」が急に良くなるはずもなく、厄介な状態が続いている。
妹のおかげで、民間の派遣ヘルパーを使って、ほぼ毎日、誰かが何時間かは家にいる形が整った。

 介護認定は申請中ながら、父のような状態で「一人暮らし」であっても、介護度は期待できないらしい。以前にも書いたが、認知症を基準に考えられていると思われる介護審査では、父は立派に自立していることになってしまう。


 圧迫骨折により、痛みと行動制限のある一人暮らしの高齢者は、いったいどうすれば良いのだろう。
父の場合、経済的余裕が多少なりともあるから、民間の高い時給を払って家政婦やヘルパーを頼んでいる。日常の家事は、午前2時間、午後2時間くらいのヘルパーさんで事足りる。だが、夜間ひとりきりになるという父の不安は解消されない。

 夜中や、明け方、トイレに立った時にめまいがすると、また転ぶのではないか。
 それでなくても、背骨の圧迫骨折で腰がひどく痛いので、立って歩くだけでも思うようにならない。

 夜、まったくひとりで過ごさねばならない不安は大きいのだと思う。

 
 「入院したい」
と、本人は切望しているが、病院では入院の必要なしと診断されてしまう。命に関わる病気、毎日の治療が必要な容体なら入院だろうが、ただ、痛くて不自由だというだけの患者を寝泊まりはさせてくれない。それでも一応、問い合わせてみたそうだが、満床で断られた。


 タイミングの悪いことに、年末年始だ。なかなか派遣してもらえるヘルパーさんが見つからない。
そういえば、4年前に上腕部を骨折した時も12月から1月にかけてだったから、社協のお弁当もなく、困った経験がある。あの時には、私が日本にいたからなんとかなったけれど、今回はどうするか?

 
 いよいよ、私が帰国しなければならないか?と、ちょっと考えた。私は、28日から3日までは、活動が休みになるので、5泊6日程度なら行けなくもない。(28日に深センを出ても、日本着は29日になる深夜便なので5泊6日なのです)
と、思っていたら、ビザ更新がズレ込んで、年明け早々にパスポート提出になってしまった。つまり国外に出られない。となると、ますます短期間だけの大忙しの帰国になる。 航空運賃もバカ高い時期だし、どうしたものか!?と、考えていると、

 妹が 
「私が泊まるよ」
と、申し出てくれた。

 そうはいっても、毎年、妹たちは年末から義実家に行き、元旦を義母様と迎える習慣になっている。

 「旦那さまには義実家に行ってもらって、私はこっちの実家に泊まることで、相談するからいいよ」
と、言ってくれる。

 義実家のお義母さまは、とても理解のあるお優しい方なので、いつでも妹が実家に行くことを応援してくださっている。ご自分のことより、大事にしてあげてほしいというスタンスで見てくださっている。本当にありがたいことだと思う。
そういう善意の上に、妹がすっ飛んで行けていることを父は、想像もしていない。どれだけ周囲に迷惑をかけているかなど、露ほどもわかっていない。

 
 妹家族の了解によって、この年末年始、妹は実家に31日から3日まで、泊まってくれることになった。
よって、妹の家族はバラバラの場所で年越しすることになった。

 

 父のようなケースは、決してレアなものではないと思う。

 皆さんは、どうなさっているのだろう? 地方では同居という形が、まだまだ主流なのかもしれないが、東京では家が狭く、同居というのは難しい。とくに、私たちが住むようなマンションは、ワンファミリーでのライフスタイルにしか対応していない。

 また、夫婦で仕事をしているのが当たり前になってきているライフスタイルの中で、どうやって親の介護をしているのだろうか? 

 父は まだ恵まれていると思う。妹が飛んで来てくれる。いざとなれば、孫たちが来てくれる。民間の家政婦を雇える。でも、そういう境遇の人ばかりではないはずだ。

 みなさん、どうなさっているのだろう?

 夫が、ふっと言った。

 「深センを引き上げて、お父さんのところに同居する?」
と。

 親の介護のために仕事を辞めたという話は、テレビで見たことがある。
それで、その後、私たちはどうするというの?この年齢になって、新たな仕事なんて、そう簡単には見つからない。私たちだって、高齢者に片足突っ込んでいる年代だ。仕事もなく、年金だって父よりずっと少ない私たちの老後は、いったいどうなるの?

 「それより何より、私が父と同居したなら、3日で私が死ぬ。」

 誰かが犠牲にならなければ、親の面倒も見られないというのは、何かが変ではないか? 

 私は長生きはしたくないな、と感じる。

 もとい、金銭的余裕がないから、長生きはできないな、と感じている。

この記事へのコメント

2018年04月06日 08:25
私の従妹も実父母の介護のため東京から実父母の住む田舎へ引っ込んでしまった経緯を聞いています。
結婚もせず気ままに暮らしていた生活が一変した。
やはり、かなりひどい状態でも入院を拒絶されてしまい、病院へ連れていくにも女手一つでは重労働です。
何度も自分の人生を返してほしいと思ったかしれないと言っていました。
老人を長く預かる病院は今数が少ないのですね。
以前、勤めていた医療法人の病院は老人を長く預かるところもあると聞きました。
当時の事務長がこういう病院は、患者様の家族にはありがたいものなんだよと話していたのを思い出しました。
今なら、それもわかりましす。
yu_mama
2018年04月06日 11:57
パックさま
いとこさんは、ご両親の介護のために田舎へ戻られたのですね。仕事を辞めて介護に専念せざるを得ないという話は、テレビでもよく見ます。こんな老後悲惨な国は、先進国とは言えないと思います。老後を安心して迎えられる福祉国家になってほしいと願うばかりです。

高齢者は入院してしまうと、途端に足腰が弱ったり、認知症が進むと言われます。父の入院を鋸歯された理由も、そのあたりです。
義父は4年ほど入院していました。最初の県立病院は、途中で転院を勧めてきて、転院先で最期まで看てくださいました。そういう受け入れ病院もあるのがありがたいです。そこは、ほとんど老人ばかりが入院している病院でした。私たちには、とてもありがたいことでした。そうでなければ、何度も病院を探して転院しなければならないことになりますから。。。

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  • 特殊な家庭事情

    Excerpt: 「父のことを書いた前記事」の続きになるが、妹も私も、普通の育ち方をしていたなら、進んで父の面倒を見ていることだろうと思う。 Weblog: アンダンテに・・・ racked: 2017-12-28 00:02