論文を書く父

 例年、お正月の2日は実家に妹家族と私の家族とで集まり、父の話を聞くのが習わしだ。

 当然ながら、今年も我々は不参加だ。娘夫婦と息子が行ってくれた。


 夜になって、家族のグループチャットに

 「今日は、お疲れ様」
と送ると、娘からの返事が長々ときた。

 それによると、妹家族と、娘夫婦、息子が実家に集まると、父はそれぞれに論文を渡したそうだ。(世帯に1通用意されていたらしい)

 超大作らしく、「まだ、全文は読んでいないけど」という前置きはありながらも、内容は、評論家や社会への細かいダメ出しが書かれているようだ。

 娘は久しぶりに会った従姉妹と話したかったらしいが、ほぼ父の話で終始したため、あまり話せなくて残念だったらしい。

 娘や孫を前にとうとうと話す、まるで講義をするような風景は昔から変わらない。お正月感は、まるっきりなく、父の講話に耳を傾けるだけの集まりは、いったいいつまで続くやら。
(婿さんが初めて参加した時、普通のお正月の光景とは大きく違うyu_mama実家の様子に、驚いてびっくりし過ぎて、呆れた顔をして固まっていたっけ)

 娘によれば、
「じーじは、ウィキペディアまで読んでいるらしいよ。」

 ネットの世界にまで首を突っ込み、反論、批判を論文にまとめていたら、いくらでも書くことはあるだろう。そもそもが、誰でもが勝手に発信できるネットの世界には、真実もあれば嘘もあり、叩けば埃の出るところはごまんとある。それをいちいち取り上げて書いているとあらば、これは、論文テーマが尽きることはないだろう。

 1500年前の歴史認識についてまで、「そんなはずはない! こうに違いない!」という断定で書いてあるそうで、誰も見たことがない太古の歴史をも自分の説で押し通そうとするあたりは、想像とロマンを感じながら歴史小説を読む娘には、奇異に映るようだ。


 そういうのは、私の高校時代にもあった。歴史の授業の間違いまで指摘され、歴史の教師が言っていることは信じるな!とまで言い切る父だから、さもありなんだ。

 とくに太平洋戦争の扱いについては、自分が多感な年頃のできごとであり、目の前で見てきたことなので容赦ない。私は、そういう父に反発を感じたものだが、歴史観を押し付けることは今も昔も変わらない。父の偏見に満ちた(と、私は感じる)歴史講義は、家族には大いなる迷惑であるなど、父は微塵も思っていないことだろう。

 まあ、父のアンテナがあらゆるところに張られていることは、脱帽の思いもある。

 「じーじが、『火花』まで読んでいたなんて、びっくりだよ」
と、娘が言っていた。

 確かに、ミーハーを嫌う父が『火花』に食指を伸ばしたことは私にも驚きだった。かくいう私も読んだわけだが、父の感想がどうだったのか?ちょっと興味はある。

 もうすぐ92歳になる父。

 この分だと、まだまだ長生きしそうだ。 

 私の書く予定の『強父論ーyu_mamaバージョン』は、先になりそうだ。(ウソウソ、書きませんから~~~)

 

 

この記事へのコメント

有縁千里
2017年01月11日 15:24
ご立派な父上さま、ここまで来ると唯我独尊というやつですね。
yu_mama
2017年01月11日 20:42
有縁千里さま
天上天下唯我独尊 まさに「自分」こそが尊いのでしょう。

知識の豊富さもありますが、深さもあるので敵いません。文学、歴史には昔から関心が強かったのですが、最近ではミーハー分野にまで興味を示しております。恐るべし!
パック
2017年04月24日 18:34
数年前、義父は亡くなりましたがユーママさんのお父様は、まだまだお元気ですね。
yu_mama
2017年04月24日 23:24
パックさま
なんだか、矍鑠としておりまして、娘である私の方が先にくたばっちゃいそうです。
友達とか同期の方が、どんどんお亡くなりになって、ひとりになっちゃったみたいですが、元気です。

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