お得意様サロン

 デパートに「お得意様サロン」というのがあることを、私は知らなかった。

 日本に滞在中、ゲキ忙しい高校時代の友かおるこさんと会う約束を取り付けたのだが、その待ち合わせ場所をどこにするか困った。

 かおるこさんは車で来るので、どこかで私を拾うと言ってくれたが、都心に住むかおるこさんの車を私がどこで待てば良いのか思いつかない。もうひとりの友きゆみさんも一緒に3人で会うことになっていたので、よけいにどこに決めて良いかわからない。

 すると、かおるこさんが

「じゃあさあ、新宿の老舗デパートのお得意様サロンにしよう」
と、聞き慣れぬことをおっしゃる。なんでも、お得意様サロンは、専用カードがないと入れないらしいが、待ち合わせだといえば招き入れられるという。

 同行予定の きゆみさんに

「ねえねえ、お得意様サロンって知ってる?なんか敷居が高そうだから、一緒にどこかで待ち合わせて行こうよ」
と、かなり庶民レベルの私が提案すると、きゆみさんも

「そうよね。私も知らないし、一緒に行ってくれたら心強いわ」
と、同じく庶民のお答え。

 情けないふたりは、デパート1階の入り口付近で待ち合わせる。かおるこさんとの約束の時間より15分も前に待ち合わせた。お得意様サロンを見つけるのに時間がかかると踏んだからだ。

 お得意様サロンが7階にあることは、かおるこさんから事前に聞いていたので、そこまではエレベーターで普通に行ける。

 しかし、降りたところで売り場案内を見ても書いていない。

 もちろん、天井近くの案内板に 「お得意様サロンこちら」なんていう矢印だって書いていない。

 「どうする?」

 「聞くしかないね」

おそるおそる店員の女性に

 「すみません。お得意様サロンって、どこですか?」
と、聞く。

そもそもお得意様サロンって、お得意様が利用するところなわけで、その場所のありかを知らないこと自体、ありえない話だ。ペコペコ腰の低い庶民の私たちは、きっと不審者に見えたに違いない。

 一瞬、戸惑ったような表情を見せた店員だが、

「ちょうど対角線の反対側になります」
と、教えてくださった。

 「あ、ありがとうございます。」
と、へいこらへいこらする庶民の私。

 「あっちだわ。」
と、2人でウロウロ歩く。

 呉服売り場の裏のあたり、細い通路の先に、どうやらあるらしい。目立たぬ文字で「お得意様サロン」と書いてある。

 「あったわ。ここだわ」
と、ホッとするのもつかの間、どうやって入ったら良いものやら、とりあえず突き当たりまで行ってみる。左に折れたところに目立たぬように「お得意様サロン」は、あった。

私たちの姿を見つけた「お得意様サロン」の案内係の方がすぐに近寄ってくる。男性も女性も、ビシッとダークスーツに身を包み、その数の多いこと。一斉に、庶民の私を品定めするかのように見ながら、

 「いらっしゃいませ」
と、声を揃えておっしゃる。

 「あの~ かおるこさんと、ここで待ち合わせているものなのですが・・・」
と、悪いこともしていないのに、ややオドオドと気後れを感じながら、腰の低くなるチョー庶民の私。笑顔を作っているものの、どこかひきつっているに違いない。

 「かしこまりました。かおるこさまのお連れ様でいらっしゃいますね。どうぞ、こちらへ」
と、先に立って中へと案内してくれる。

 そこは、いくつものティーテーブルが整然と並び、上品な黒革張りの椅子が設置されている落ち着きのあるサロンだ。

 ひとわたり眺めて

「あら、まだいらしていないようだわ」
と、私が、ちょっと似合わぬ奥様言葉を使ってみる。板についていないことが、あからさまに伝わったに違いない。ちょっと恥ずかしい。

 「では、どうぞこちらでお待ちくださいませ」
と、言われ、私たちは入り口に近いティーテーブルの席に着く。

 「お飲み物をご用意いたしますが、何がよろしいですか?」
と、小さなメニューを差し出される。

 「日本茶をいただきます」
と、きゆみさんも私も ぺこぺこしながら申し訳なさそうに頼む。

 だめだ。こういう場所は落ち着かない。そわそわしながら、革張り椅子にお尻を乗せる位置もイマイチ決まらず、もぞもぞとなってしまう。

 そんなところに、元気よく かおるこさんが入ってきた。

 「かおるこです」
と、入り口でカードを見せている。

 「あ~ ごめんごめん!お待たせ~」
と、昔と変わらぬ調子でにこにことしながら、私たちのところにやってきた。

 その姿。黒い男モノのようなダボTシャツに、黒の柄物のピタッとフィットしたパンツ姿。首から斜めがけした赤いバッグは、不恰好に膨らんでいる。履いているのは、年季の入ったサンダルという、どこからどう見ても、下町のおばちゃんという風情だ。

 私は、「お得意様サロン」と聞いて、着るものにかなり迷った。一張羅のワンピースにすべきか!?いやいや、これから彼女たちとドライブをするのに、ワンピースっていうのも窮屈だし、ここは白いパンツか。上に合わせるべきは、ちょっとおしゃれに見えるものにしなくっちゃ!と、気合を入れてきた。

 それなのに、あなた!かおるこさん!! お祭りに行ってきたんですか?のような格好で、もっとひどいのが、髪の毛ボッサボサ。 今朝、とかしました?? スズメの巣ができていません??

 「久しぶりだねえ」
と、私を見て言う。

 そこへ、「お飲み物を何になさいますか?」と、ダークスーツが聞きに来る。

 かおるこさんが、私たちを見るので、
「あ、私たちは、すでにお願いしたのよ。日本茶を」
と、言うと

 「あっそう!じゃ、私、コーヒー」
と、頼む。

 ほどなくして、3人の前に飲み物が運ばれてくる。
きゆみさんも私も、庶民なものだから
「あ、すみません。ありがとうございます」
なんて、運ばれたものを見ながら、へいこらする。

かおるこさんは

「はい。ありがと」
と、頭など下げない。

 さすがだわ! いよっ!!お得意様!!(と、言いそうになるのを、こらえる)

 テーブルには小さなお菓子も提供される。

 サロンには、思いの外、人が出入りする。いかにも社長タイプの熟年夫婦がお買い物の途中に立ち寄られたり、いかにも育ちの良さそうな若い男女が、これまた育ちの良いお子様連れで立ち寄る。もう、あっちもこっちも気品がほわほわっと浮き上がっているような光景だ。

 私たち3人だけ、なんとなくこの場にふさわしくないオーラを放っているかもしれない。かおるこさんは、何億というお金を動かす人だから、私たちと一緒にしてはマズイのだが、着ているもの、髪の毛のぐちゃぐちゃ感だけで判断するなら、庶民の中でも下の下だもの。

 しばし、そこでおしゃべりをしてから、

「じゃ、お昼でも食べに行こっか」
と、かおるこさんが立ち上がる。
なんとなく居心地の悪かった私は、ほっとして彼女の後に続く。

サロンを出る時、4人も5人ものダークスーツ達が、丁寧に頭を下げながら、

「いってらっしゃいませ」
と見送ってくれる。

私ときゆみさんは、「ごちそうさまでした」と、またもペコペコとお辞儀を繰り返して、腰を曲げたような低姿勢でそそーっとすり抜ける。

かおるこさんは、「はい。ありがと」

堂々としている。

これだな! ハイソのご挨拶は!

今度、どこかで使ってみよう。

 「はい。ありがと」

う~ん。たぶん言えないな。 

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