私 壊れているかも

 何があろうとも 私は父の着替えに出かけている。

 フィギアスケートの臨場感を味わっている途中でも、寒くて凍り付くような夜でも、冷たい雨に降られても、喉が痛くても、咳が出ても、、、父の着替えは当たり前のように行われる。

 それは、続けていくうちに慣れてくるものだ。フィギアスケートが見られなくても、寒くて震えても、冷たい雨に髪の毛が濡れても、喉が痛くても、咳があっても、夜の決まった時間になれば、出かけなければと思って出かけ、淡々と父の着替えをすることは、本当はどうってことない。

 たったの30分ほどで行ける距離なのだし、2時間もあれば家に戻ってこられる。

 ボランティア活動だと思えば、どうってことない。実の父親の面倒を見るのは、別にことさら不思議なことでもないのだし、父が言う通り「当たり前」のことなのだろう。

 自分の生活の中に今までなかったことが加わるため、60歳の私の身体が覚えるまでには時間がかかり、それが朝と夜ともなると少々落ち着かないという程度のことだ。上手に自分の時間の使い方をやりくりすれば、決して無理な4時間ではない。 睡眠時間を短くし、若い頃のように夜行性に戻れば、2時間くらいは確保できる。

 ようやく自分に納得させ、寒くて嫌だな~と口に出すものの、少しはこの生活パターンに慣れて来始めていた。


 ところが!

 あの整形外科外来で父が医者や看護師に怒鳴った事件以来、私は自分のどこかが壊れ始めていることに戸惑っている。

 とても嫌だった。父の主張がどうのこうのというより、父の怒鳴り声が嫌だった。それは、私の子供の頃から結婚するまでの長期間、怒鳴られ続けて育った私だから感じることなのかもしれない。


 あの日の夜、父の着替えに行くのは辛かった。コンビニでコーヒーを飲みながら、妹にメールをした。行きたくない気持ちを誰かに伝えたかったのかもしれない。メール送信をしてから気合いを入れて父の家に行った。

 案の定、まだ怒っていた。医者も看護師も父の言うことなど聞き入れなかったのだから、当然父の主張は中途半端にもみ消されくすぶっていたわけだ。

 私の顔を見るや否や、理屈が通らないことを理屈っぽく大声で言う。怒鳴っていはいないのかもしれないが、目が三角につり上がった顔で向こう三軒両隣まで聞こえるような大きな声で言われると、私はそれだけで子供時代に戻って、すくみ上がってしまう。

 子供の頃から、自分がなんで怒られているのかわからなかった。わからなかったが、父の発散場所として私が存在していた。職場での嫌なこと、通勤途上での嫌なことも含めて、私に八つ当たりする。それは些細なことでも私の欠点を見つけては、自分の感情をぶつけ、私を怒っているうちにさらに気持ちがエスカレートし爆発する。言いたいだけ言えば静まる。放免されるまで私はひとりで耐えていた・・・あの頃に戻ったのかもしれない。

 父の暴言を聞いて具合が悪くなり貧血で倒れていた子供時代、今は頭痛がし寒気がしてくる。
 子供の頃はあまりに怖くて、ただただ泣いていた。泣いてばかりいる!と怒鳴られても泣いていた。
 今は、少しは私も話せるようになり、自分の意見をちょいと挟む。挟めば、更に炎上することも知っているが、

 「前開きの方が、患部を診る時にもすぐに脱げるからなんじゃないの?」
と言ってみる。

 そこからの反論が10倍返し。言わなきゃ良かったな~と思いながら、淡々と着替えを進める。もう何も言わないと心に決め、黙って靴下の儀式を行う。浴衣の上から縛る三角巾を、いつもよりややきつめに縛るくらいが、私のささやかな 0.5倍返し。


 ベッドに横たわったところにふとんをかけてあげ、小さなスタンドを点け、テレビの向き、リモコン、飲み水をセットしたら、エアコンの切り替えをしてリビングの電気を消して終了。

 車に乗り込む時には、また車内は冷たくなっている。震えながら自然に涙も出てくる。なんでだかわからないが、大声で泣きたくなる。夜道を走りながら、私は誰に気兼ねすることなく声をあげている。

 このまま自宅に戻りたくないので、寄り道をする。深夜営業のスーパーに行ってみたり、コンビニでコーヒーを買って車の中で飲むこともある。どこかで気持ちを切り替えないと、妹への報告のメールもきちんとは書けないだろう。

 妹は遠方に居ながらも、いつでも代わりに行ってくれると言う。妹は子供の頃から、父に怒鳴られた経験はない。私が怒鳴られているのを、母と妹は別の部屋で聞きながら身を縮めていただけだが、それでも父の怒鳴り声、怒る内容の理不尽さに心を傷めていたとは思う。ターゲットになっている姉を守ってやれなかったという後悔のような念も持っているだろう。

 だから、とても心配してくれる。心配して、私に色々と言ってくれる。メールでも電話でも、妹が私を擁護してくれていることは十分に通じる。夫も私を心配していると思う。父の家に向かう時の私が泣きながら出かけて行くことを知っているのは夫だけだ。そして、寄り道して気分を紛らわせて戻っても、また泣いている私を夫は見ている。

 妹も夫も、なんとか私を救おうと考えてくれている。そして私にアドバイスをする。

 着替えなんて1日1回でいいんじゃない?
 浴衣にならなくても、ジャージで過ごして夜もそのまま寝ればいいんじゃない?
 外反母趾の対策が自己流で面倒くさい儀式で、しかも良くなっていないんだったら意味ないんじゃない?
 
 父は骨折した直後に、27日の事務所の仕事納めの忘年会を欠席する旨、連絡していたが、やはり出ることにした。そのために、朝の着替えは普段着で、午後の着替えは外出着で、夜の寝間着と合計3度の着替えが必要になる。朝は、週2回のヘルパーさんが来てくれる日なので

 「お前は、結局午後と夜の2回だから、ちょうどいい。いつもと同じだ」
と、自分で決めた。

 「私、ピアノの生徒が来る日だから、夕方は無理」

 「だったら午後2時半だ。」

 そのことを妹に伝えたら、朝のヘルパーさんに外出着を着せてもらえば済むことじゃないと言われた。

 
 夕べは、火災保険地震保険の更新書類の代筆を頼まれた。私は代筆だけなので、初めて見る書類のどこに何をすれば良いのか、パッと見ただけでわかるはずもない。それを父に質問したら、父の噴火が起こった。
常に、この手の書類のわかりにくさが父を困らせていたらしく、

 「だから、こういう書類は わからんのだ!俺はいつも電話して文句を言ってる。
  こんな書き方じゃ わからんぞ!
  お前の娘に言っとけ!」
と、自分の孫の名前を出して大声をあげた。私の娘は損保系の会社だけど・・・関係ないし!

 それを笑ってやり過ごすことができれば上等だ。
 大丈夫よ、私が調べて書いておくからって言えれば、もっと上等だ。

 でも、大きな声で言われたという時点で、私の心は折れる。涙が出そうになる。幸い、マスクをしているので、少々鼻水ズルズルしても聞こえない。下を向き、黙々と靴下の儀式を始める。左足に装具をつける時に
 「もっとギューッと引っ張れ」
と文句を言われただけでも心臓が締め付けられる。

 着替えを済ませ、父がベッドに入ったら、いつものように順序正しくセッティングをする。
そして、父の放り投げた書類を大きな紙袋に入れて持ち帰った。

 帰りには冷たい雨が降っていた。玄関の鍵をかけ、家の裏のガレージに行く時、傘も持たない私は頭から冷たい雨をかぶる。自宅に戻る途中、ドラッグストアに長袖前開きのシャツを探しに行く。そこでも駐車場から店まで雨に濡れる。2軒のそれぞれ別のチェーンのドラッグストアを回ったが、介護用品のところにシャツは置いていなかった。

 頭もコートも雨に濡れて、私は激しい咳が出始めた。家に着いても咳が収まらず、そのうち咳と涙が一緒になり、ワケもわからず泣く。咳の発作は、時々起こる。私は喘息を持っている。その時に飲む薬を夫が飲ませてくれる。

 書類の代筆をしなければならずに、それを広げていると泣けてくる。申請の日付すら思い浮かばないことで、泣けてくる。本人署名の欄に私が代筆することは大丈夫なのか?が気になり始めると、それを考えているだけで泣けてくる。どうしたら良いのかがわからないで泣けてくる。

 なんか壊れてない?私??

 よく覚えていないのだが、たぶん書類を書き終えて、お風呂に入ったと思う。

 27日の朝は、ヘルパーさんが着替えに行ってくれるので私は少しは楽になれる。午後には外出着に着替えさせなければならないが、とりあえず気持ちよく朝を迎えられるのが嬉しい。少し、マイケルとベッドの中で遊びながら寝坊を楽しむ。
 

 遅めに起きると、夫が骨折の治療について調べて、別の病院では、なんたら治療(名前を忘れた)があると教えてくれた。

 それを聞いた途端に、私の中で急に父の怒鳴り声が蘇った。なんだかわからないけど理不尽に泣けてくる


 妹も夫も私を心配してくれている。とくに夫は、私が家に帰れば泣き、出かける時に泣くという姿を見ているだけに、なんとかしたいと思ってくれているのだろう。

 そういうことのすべては、私の頭では理解できている。ありがたいことなのだろう。


 だけど、何かを言われる度に、なんだか知らないけれど、私は辛くなる。

 

 
 着替えなんて1日1回でいいんじゃない?
 浴衣にならなくても、ジャージで過ごして夜もそのまま寝ればいいんじゃない?
 外反母趾の対策が自己流で面倒くさい儀式で、しかも良くなっていないんだったら意味ないんじゃない?
 
 朝のヘルパーさんに外出着を着せてもらえば済むことじゃない

 他の病院では別の治療法がある


 それら全ては、ごもっともだ。私も色々と思うところはある。

 妹は、「私がお父さんに電話してみようか?」「いつでも言って、代わるから。私が行くよ」
とも言ってくれる。

 すべて私を気遣ってくれている言葉だということは、十分に理解できている。

 だけど、私に言われると、私が今やっていることの無意味さを感じるだけだし、私が判断し、私の責任になるだけだと感じてしまう。

 私が 「疲れたから、代わりに行って」と言えば、私が自分で決断したことになり責任も負うことになる

 父は妹には来なくて良いと言っているから、その妹を私が引っ張りだせば、父の怒りを買うことは目に見えている。

 私が父に別の病院を薦めたら、父の選んだ整形外科を私が否定することになり、責任が私に所在してしまう。そして、その別の病院を父が気に入らなかったら、また怒鳴られるのは私だ。色々なトラウマが蘇ってくる。 母が病気で苦しんでいた頃、少しでも食べたいものを食べさせたいと、私が栄養士に相談した。プリンが食べられるなら、ご飯の代わりにプリンでもいいと栄養士から聞いたことを父に伝えただけでも、私は父に怒鳴られたことがある。お前は俺を否定するのか! と。3食きちんと ご飯を食べさせねばならないと言い続けた。父に食べろ食べろと言われ続けても、ご飯が食べられない母は体重24キロになってしまった。 母が入院中に幻覚を見て怯えた時、父はそんなもの見えるはずがない!と否定した。医者はモルヒネの所為で幻覚を見ていると言ったので、そのことを父に伝えたら、お前は俺を否定するのか!と、大声で怒鳴り、最悪な状態が1時間半も続いたことがあった。

 それら、私しか経験していないことだから、妹にも夫にもわからないのだろうが、私はそのことが恐怖として蘇り震える。

 たぶん、説明しても人にはわからないと思う。父の性格も考え方も変わらないのだから、私が何も言えないことは、死ぬまで変わらない、変えられないのだと思う。


 せいぜい私はブログに書いて 気持ちを整理する

 ということで、つまらない話を長々とお読み頂きまして、ありがとうございました。

 書くことで、ようやく平常心を取り戻せそうです。


 

 

 今日の午後2時半。私は、何事もなかったかのように父の外出着への着替えをしに行く。

 父は都心まで往復3万円のタクシー代を使って、忘年会に出席する。

 私は、父が骨折して着替えを朝晩しなければならなくなった時点で、自分の所属する合唱団の忘年会出席をキャンセルしたんだけどな~。

 そこか!?
 

 

この記事へのコメント

2013年12月27日 17:10
うちの父よりも強烈です。うちの父の上をいく人が居たなんて、びっくり。イマドキだったら虐待だって通報されてたろうな~ってくらい、私はよく怒られ叩かれ大声で泣き叫び、さらにうるさいと怒られ真っ暗な仕事場(仕事道具や色々のある部屋(電気点ければ明るいけど、恐怖でそれさえできない))に放り込まれまた泣き叫ぶ。鍵なんかないんだから開けて出ればいいのに、怖くてそれさえできずただ泣く。2つ上の兄は要領いいんだか?私が要領悪すぎるのか?私だけがそうなるの。妹は7つ下で、なんか父は妹だけは自分の子供っていう実感があるそうで、可愛いみたい。兄は出来のいい自慢の息子で、大事にされて。・・・。この話になるとyu_mamaさんに負けないくらい長文になります。
yu_mamaさんの蘇る恐怖心とか、泣きたくなる気持ちとか、たぶん私のとはまた違うと思うけどちょっとわかります。まわりの人が何て言っても、結局自分の心の闇(?)はどうにもならないんですよね。それでも、yu_mamaさんは冷静に客観的に分析して、こうやって文章にして整理できるのがすごいと思う。ここまで分析できてても、お父様に対する感情ってどうにもならないんですよね~。
抱え込まないで、涙が出るときは思いっきり泣いて、吐きたいときはこうやって文章にしちゃってください。・・・・な~んて、しょっちゅう自分がコントロールできなくて泣いてる私に言われても・・・・ね~。
yu_mama
2013年12月27日 18:42
Selfishさま
ちょっと朝から嫌な気持ちになってしまったもので、強烈な文章になってしまいました

Selfishさんも辛い思い出がいっぱい おありなのですね。きょうだい3人いらして、おれぞれの待遇が違うという点、ビックリです。私と妹の場合と一緒ですね。私は、しょっちゅう怒られて、妹は1度も怒られたことがないんですから。私はテレビを観てはいけなくて、妹はアニメ見放題っていう差別も、なんだったんだろう?と思います。私のおやつは煮干しで、妹はお菓子を与えられていましたけど、あれってなんだったんでしょうね~? 4歳違いですが、私と妹はひとつ屋根の下にいながら、まったくの他人のような育てられ方をしました。あれってどういう意味だったんでしょうね。
と、まあ、色々思うところはあるのですが、これからのことをどうするか!?今は、妹と相談中です。骨折の状態が良くなっていないことから、長引くのは目に見えています。私にも限界がありますし、介護保険のヘルパーにも限度があるので、民間の人を頼むしかないかな~と思っています。

私ね。子供の頃から、嫌なことは文章にして整理してきたのです。誰に言っても、こんな環境で育ったことは理解されないので、文章にするしかなかったというのもあります。心理カウンセラーのところに通ったこともあるのですが、かえってダメなんです。そこで時間内だけ気持ちを吐き出しても、中途半端で終わるので、余計に引きずる。その先生にも言われました。自己処理ができているので、言葉に出さない方がいいのかもしれないって。
そうそう涙も浄化作用があっていいです。だから、Selfishさんの気持ちも、よーくわかるんです。
今日は、ピアノの生徒ちゃんが来たので、楽しい気分になれましたよ。いいですね。屈託ない子供って。癒されます。
パック
2013年12月27日 22:28
ユーママさん大分お疲れのようですね。読んでいてお父様は本来のご性格と老齢故の頑固さもあるのでしょうか
毎日2回、一人は厳しいから、時にはご主人に同行してもらっったらいかがでしょうか?
わたしは、できる限り家族同伴で義父をみまっていました。
yu_mama
2013年12月27日 23:14
^_^パックさま
かなり疲れて、随分とトゲトゲした記事になってしまいました。
無理は、やっぱり無理でした。今日の午後に着替えをさせた後、ピアノを教えて、しばらくしたら、熱が出てしまいました。元々、私は風邪を引きやすく弱っちいものですから、連日の朝晩がこたえました。
父の言動は、若い頃はもっと激しかったので、妹とも丸くなったよね~と話していたくらいなんです。病気の母にも怒鳴っていた人ですが、母が亡くなってから、少し反省したらしいです。でも、何かの瞬間には、反省なんかすっ飛んで怒鳴ってしまうのです。
昔、母が、どうしてあんなにカッカふるのかしらね?と、私に愚痴った時、私は、お父さんの脳にはきっと傷があるのね、と慰めたくらいです。何で怒っているのかもわからないんです。母が、病気のせいで激しい咳をしたら、咳ばかりするな!って怒鳴ったくらいです。父の大きなクシャミに母が驚いたら、ビックリした顔するな!と怒鳴られたと言ってました。
なんなんでしょうね。
夫にも協力してもらっている部分はたくさんあるのですが、このところ夫が風邪引いていたので、私一人で行っていたのです。夫は車を運転してくれても、家には入りたくないみたい(^^;;
誰も近付きたくないんです。孫たちも、みんな恐がっています。困ったものです。(~_~;)
2013年12月28日 09:10
yu-mamaさん、壊れないでね~
読んでて、涙が出ましたが、けしてyu-mamaさんが可哀そうでではなく、世の中には、周りの迷惑にも関わらず、お父さんの様な方がおられるという事にです。
親だけに介護をしない訳にもいきませんもんね~
身体だけは、くれぐれも気をつけてくださいね~
yu_mama
2013年12月28日 10:39
たぁくんママ さま
とうとう熱を出してしまって、昨日の夜は急遽、妹に頼んで寝ておりました。
父の年代には、すぐに怒鳴るような人は多いのだと思いますが、人の話が聞けない、人に何かを言われたら自分が否定されたと思うというあたりは、何かの病気なのかな~と思うこともあります。
親をほったらかしにして見捨るという事例も耳にしますが、そこまで家族は追いつめられてしまったのだなーと、ちょっとだけ理解はできます。育てられ方で、かなり苦しい介護になるように思います。
いつもにも増して長い記事を、お読みくださりありがとうございました。
yu_mama
2013年12月28日 23:12
有縁千里さま
土日を妹に頼んだことで、気持ちはらく~になりました。
応援、ありがとうございます。

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